ゲスト出演してきました〜!
丸い人さんの枠久しぶり!
ちょっと喘息発作が出ていて、「もうすぐ収まりそうだな」のところで低空飛行を続けている最中なので、
ときどき咳き込んだり、むせるのを堪えたりしつつのトークではありましたが、ひととおり話したいと思っていたテーマには触れることができました。
この記事にも、私が話したいと思って事前にまとめておいたメモを元に感想を噛み砕いて書いておこうと思います。
タイムシフトがあるのでそちらを見ていただくのが一番良いですw
『ファンタジックチルドレン』本編はdアニメや、dアニメの出張先であるニコニコ支店やAmazon dアニメストアfor Prime Video
またはU-NEXTなど複数の配信サイトで見ることができます。
私は大抵のアニメはdアニメで見る人なのでそちらのリンクを貼っておきます。
ファンタジックチルドレン(全26話)
また、今回トークの席にもご出席されていた霧生滝(きりうたき)さんによる、GBA版『ファンタジックチルドレン』の実況動画シリーズがあります。
番組内でこちらのマルチエンディングの終わり方などについても話しているので、パート14あたりからだけでも見ていただけると
すべてのエンディングを見ることができ、何を話しているかわかりやすいと思います。
丸い人さんの枠久しぶり!
ちょっと喘息発作が出ていて、「もうすぐ収まりそうだな」のところで低空飛行を続けている最中なので、
ときどき咳き込んだり、むせるのを堪えたりしつつのトークではありましたが、ひととおり話したいと思っていたテーマには触れることができました。
この記事にも、私が話したいと思って事前にまとめておいたメモを元に感想を噛み砕いて書いておこうと思います。
タイムシフトがあるのでそちらを見ていただくのが一番良いですw
『ファンタジックチルドレン』本編はdアニメや、dアニメの出張先であるニコニコ支店やAmazon dアニメストアfor Prime Video
またはU-NEXTなど複数の配信サイトで見ることができます。
私は大抵のアニメはdアニメで見る人なのでそちらのリンクを貼っておきます。
ファンタジックチルドレン(全26話)
また、今回トークの席にもご出席されていた霧生滝(きりうたき)さんによる、GBA版『ファンタジックチルドレン』の実況動画シリーズがあります。
番組内でこちらのマルチエンディングの終わり方などについても話しているので、パート14あたりからだけでも見ていただけると
すべてのエンディングを見ることができ、何を話しているかわかりやすいと思います。
(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)
■見終わって丸い人さんに最初に話したこと
全エピソードを見終えて、他の人の感想を見聞きする前の自分の率直な第一印象を丸い人さんにチャットで送らなければと思って
最初に伝えたことは、この作品の「転生モノ」の文脈についてでした。
「転生モノ」というと、令和の現在では「異世界転生」の作品数が多く、また異世界に転生しないまでも
死んですぐに元の記憶を持ったままで再び生を得ることになり、もとの知識をいかに活用して切り抜けるかという部分に
主眼を置いたものがほとんどのように思います。
しかし、これとは違う「平成の転生モノ」の文脈が存在していると思っていて、この作品はそちらの文脈の方を
受け継いでいると思います。
なんせ『ファンタジックチルドレン(以下、ファンチル)』は2004年放映のアニメなので、
まだこの現実世界に「なろうの異世界転生モノ」という文脈が生まれてもいない頃です。
じゃあ、この「平成の転生モノ」としてどのようなものがすぐに思い浮かぶかというと、
『ぼくの地球を守って』や『美少女戦士セーラームーン』です。
また、宮崎駿監督作品でも『千と千尋』『ハウル』などで
「実はもっとずっと前に初対面を済ませていたんだよ」
という展開が描かれることがありますよね。転生はしていないけれど、これにも近い要素があります。
特に、『ファンチル』劇中でギリシア時代の人格の記憶を取り戻した人物は、すでに過去の記憶を持っているべフォールの子供たちと同様に
瞬時に銀髪になって「記憶が外見にまで作用する」という演出には、『セーラームーン』で月のプリンセスだった前世の記憶を取り戻した
うさぎの髪が一気に何mにも伸びたシーンを思い出しました。
同時に、「この演出が嫌いな人おらんやろな!」と思いましたw
うさぎの髪が一気に伸びたシーンは確か丸1ページを1コマとして扱うような大ゴマで描いていたのでインパクトも強く
「前世の記憶が蘇る」という我々には体験の難しい、かなりファンタジーな要素に人生で初めて触れたタイミングだったのもあって
「なんかすごいシーンを読んだ!」という感動はかなり強いものでした。
私は、なかよしによくハガキで感想を送っていたんですけど(たまにハガキが掲載もされていましたw)
前世の記憶が蘇った回は特に衝撃が大きかったので感想ハガキにもなにか書いていたかもしれませんw
そういう、過去すでに出会っていた好きな演出がオーバーラップする部分もあって、
一層これは平成の転生モノの文脈を受け継いでいるな、と感じました。
だから、初めて見る作品だったのに、どこか懐かしさを感じたというのが第一印象です。
■私がこの作品をキャッチコピー的に少ない単語で言い表すなら
次に、
「では、その転生というファクターを用いてこの作品は何を描きたいのか」
の方にフォーカスします。
この作品のテーマやコンセプト(転生要素を使って伝えたかった軸)は何かと訊かれたら、私はそれを
「反省と前進」
と解釈したと答えます。
ギリシアの科学者陣(べフォールの子供たち)にも、セスにもティナにもデュマにも、何かしらの後悔や心残り、執着がありますよね。
転生で別の器の中に入ってでも自分の持つ時間を永らえさせて、過去の過ちに何らかの決着をつけたいというようなところを
誰しも持っている。
しかし、はたしてやり残したことを満足行くまで何度でもやり直せばそれでいいのか、というとそうではないわけです。
状況は常に変わり続けているので、同じことを繰り返しても実はまったくの繰り返しにはならないし(主に周囲の環境が)、
繰り返せば思い通りになる保証もないので。
だからこそ、過去・現在・未来のいずれもを蔑ろにしない、「反省と前進」を選ぶことが誰にとっても大事だ
というテーマが根底にあると思いました。
そういう風に捉えると、あらゆるキャラクターの「なぜその人はそれを選択するのか」が全部説明できるし
納得感も生まれて自分の中ですんなり受け止められるという感じです。
「反省と前進」だと思わないで見ていると、「どうしてそんなことをする?その選択肢を選ぶ?不可解だ」ともやもやする場所があるかもしれないけれど、
誰もがその人なりの過去の境遇と向き合って、でも過去にだけ目を向けるのではなく過去に区切りをつけて
なんらかの教訓を胸に今とか未来の方へ向き始めるためにそれを選んだと思うとすべて納得が行きました。
そもそも科学者陣にとって、自分たちの科学技術や研究に対する姿勢に間違ったところがあったことは
過去ギリシアで起こった惨劇のひとつの要因なのではないかという「反省」があるから、
「落とし前」をつけるために何度も転生をして奔走している側面もあると思いますし。
また、ラスボスポジションであるゲオルカだけが、「絶対に反省をしない人」として描かれているのも
対比、対立の構造としてわかりやすく、こうまで反省をしない人だからこの人はラスボスポジションなんだな、
みたいな納得があるわけですw
ほかのみんなは、それぞれの思いや考えもありながら、お前ほど歪な執着はしないことに決めたのにお前と来たら、っていうw
■良かった演出
さて、この作品は絵柄から受ける印象とは異なり
「沢山の謎が積み重なっていって、最後には回収される」
ように作られたSFミステリーになっています。
そういう作品はジャンルとして好きなので、常に「何がどういうこと!?」「つまりこういうことかな!?」と
自分で推理したりしながら見るのも楽しかったです。
そのうえで、前述の「記憶が見た目に作用する」演出以外にも、個人的に
「そう、それ好き!」
と思った演出について書いておきます。
なによりもまず、一番印象的だったのはギリシア編に入ってエンディングテーマがロシア語バージョンになったことです。
私は本作のED歌手であるORIGA(オリガ)を高校生の頃(1996年)から知っていて、
自分の人生においておそらく初めて買った外国人アーティストのCDがオリガの「永遠。」なのです。
(人生で初めて買う外国語歌曲のCDが英語ではなくロシア語なところが私らしいですねw)
だから、多分普通の人よりはオリガの歌との付き合いが長いです。
ここでちょっと一旦オリガについて語ります。
というのは、こういう視点こそが私が語れる感想だからです。
誰でも思いそうなことじゃなくて、私だから思ったことに通じるので一度脱線します。
あとでちゃんとファンチルの話に戻るのでご容赦をw
オリガのCDは5枚持っています。
しかも、5枚に収録されている全楽曲の中に「全編日本語詞の曲」はありません。
サビだけ日本語というのがある程度です。
日本のレコード会社(東芝EMI)から日本向けにデビューした歌手でありながら、ずっとロシア語を歌ってきた人です。
日本の音楽プロデューサーがプロデュースして曲を作って、ロシア語歌詞で日本向けに表現してきた歌手なのです。
ちなみに余談の余談になりますが、私がオリガを知ったのは、1996年にたった一度だけAMラジオニッポン放送で放送された
「マリスミゼルのオールナイトニッポン」でGacktが
「今すごくハマっている歌手がいる」とのことでオリガのミニアルバムから2曲だけ紹介したのがきっかけでした。
私はその放送をカセットに録音して繰り返し聴いていたので、あとでCDショップの洋楽の棚で「永遠。」を見つけたときに
すぐ購入したという流れです。
そのあと攻殻機動隊のOPで2003年にアニメタイアップがあったので、アニメ視聴者間ではオリガの知名度が結構上がったと思います。
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(全26話)
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(全26話)
(攻殻機動隊も面白いですよ!)
オリガは攻殻機動隊OPにて、「inner universe」と「rise」という曲をロシア語で歌っており、作曲が菅野よう子さんだったのもあって
印象に残っている人も多そうです。
そして『ファンチル』の放映はその翌年2004年です。
私はこの当時はアニメからかなり離れていたのでこの時期の作品全体に疎く、
『ファンチル』も当然リアタイ視聴はしていなかったし、タイトルも丸い人さんに聞いて「初耳作品」という印象でした。
でも、アニメを見始めてすぐに
「エンディング、オリガなんだ、しかも日本語歌唱なんだ」
ということに意識を向けました。
フル日本語歌詞の歌唱はここで初めて聴いたので。
そのため、ギリシア編が始まってロシア語バージョンが流れたときに、
「せっかくオリガを起用したわけだしそうするよね!」
という嬉しさや、その演出自体が好き!みたいな色々な感動が同時に湧きましたw
そもそも最初の時点で「オリガなのに日本語で唄うんだ」と思っていたので。
遠い宇宙の大昔の話、過去編みたいなものであるギリシア編に「同じ曲を別言語で歌唱する」という演出を絡めたのがすごく好みでした。
私が何か物語を作るなら自分もそうすると思うんですよねw
音や音楽を使った演出というもの自体がすごく好きだし。
私はゲームにおける架空言語が「この現実世界とは違う世界の話である」という符号として用いられるのが好きで
これも同じ理由です。
そもそも「言語」が好きで、言語が「世界」を形作っている側面は必ずあると思っているからです。
オリガは2015年に肺がんで亡くなっています。(享年44)
その数年前、2011年頃からKAGAYAさんのプラネタリウム番組の楽曲の携わるようにもなっていたらしいです。
今、私は星空写真家KAGAYAさんのプラネタリウム番組を見にプラネタリウムに行くこともあるんです。(関連記事)
こうしていろいろなところで「オリガの仕事の残り香」みたいなものを感じられるのだけど、
ファンチルもリアタイ視聴していなかったから当時知らなかったのを、今回知ることができました。
私には今、好きなロシア歌手やロシア民謡などが複数あるし、自分でロシア語カバーをしたりするほどだけれど、
オリガがその最初のひとりであり入口だったと言って差し支えありません。
加えて、『ファンチル』の演出には鏑木ひろさんが携わっています。
鏑木ひろさんといえば、今の私の中では『鬼灯の冷徹』、『GREAT PRETENDER』の監督として評価していて
『ファンチル』の時期は鏑木 宏(ひろし)でお仕事をされていた方です。
『鬼灯の冷徹』シリーズ
GREAT PRETENDER(全23話)
そういう、何年後、10何年後とかのお仕事でも面白い作品に携わっていることがわかっている関係者が
スタッフロールに何人かいらっしゃるのが嬉しかったり面白かったりしました。
たとえばほかにもOPの作詞は酒井ミキオ氏だったりと。
見てみたら今も好きな人、「良い作品を作る人」だと評価している人たちが何人も携わっている作品だったとわかりました。
そうやって、まったく一見横の繋がりのなさそうな作品でお仕事をしていた人達を全部バラバラに知ったあとに、どこかで一緒に仕事しているのを見ると、
「あれらのエッセンスが混ざったのがこれなんだ!」
と思って化学反応を楽しむという目線に繋がります。
この作品ではたまたま、知っている名前を複数見かけたので特にそこが楽しめましたし、
自分が今まで見たものがあってこそ、その楽しみ方もできたんだなぁと思いました。
色々見てからこの作品に出会ったのはそれはそれで良かったかもしれないと思うんです。
出会うタイミング次第で感じ方が全然違うだろうから。
作品の方は変わらなくても、受け取る人の方はいくらでも感じ方変わるし、いつがベストかは比べようがないけど、
なんとなく私は2004年当時じゃなくて今見たのが自分にとってはリアタイより良い受け取り方のできる状態で見られた気がして良かったです。
この世の人やモノはすべて根っこで繋がっていて、それぞれは各々の方角へ向かって伸びていくけど、
ときどき伸びた先で接触して反応を起こすというのが現実でも起こることであり、
この作品の中でも描かれていることに通じるなぁというお話でした。
■ゲームについて
霧生滝さんの動画のおかげでGBA版のエンディング全種を見て確認できたのですが、
少なくともゲームならではの「物語を分岐させて色々な終わり方を見せられる」という強みは活かせていて良いなと思いました。
本作に限ったことではありませんが、物語なんて無数の終わり方が考えうるわけじゃないですか。
しかも、『ファンチル』の場合は、途中何度もトーマは結局セスなのかソランなのか、どっちなの〜!?というのを
あえてはっきりさせないようにしたり、ミスリードもさせたりして、一応はどちらにも転べるようにしつつ話が進んでいく区間が長いです。
仮面ライダーみたいに1年間かけて物語を作っていくドラマ形式ものなどでも、台本打ち合わせで
「今の時流に合わせて展開を選ぶ」
ということがあるそうですから、それって裏を返せば、
「時流が異なれば、別の展開をしていた可能性が十分ある」
という意味にもなりますもんね。
『ファンチル』も、トーマを誰ということにして、そしてどう物語を着地させるかは結構色々やりようがあると思いながら見ていました。
アニメではあのように終わりましたが、見ているときに想像した、いくつかの「こうかもしれない」が
ゲームの方の別エンディングとして描かれていて、「そのIFルートもあるよね」と見ていて面白かったですね。
アニメはどうしても分岐していくつものエンディングを見せるのには向いていない媒体だと思うので、
そこでゲームとメディアミックスする良さはここにあると思います。
以上のようなことを語りながら、あとは同席している丸い人さん、ひょんさん、霧生滝さんから感想への感想や
「自分もちょっと違う切り口でこう思った」
みたいなことを言ってもらって、それが結果としてトーク番組になるという形式の生放送!
出てきたキーワードから少し脱線するところまで含めて面白かったです。
脱線というのも、今回は『ファンチル』テーマ・軸で話しているというのがベースにあるので、まったく無関係の話ではなくて
その余談に行ったあとに、
「結局それもファンチル作中で描いていることに繋がっていくんだけど〜」
という風に路線を戻せるので結構内容の濃いトークだったんじゃないかなと思います。
アニメ未視聴であれば、一度見ていただいてからタイムシフトを見ていただけると何を話しているか結構わかってもらえると思います。
というか、アニメまったく見ないでこのトークを聞いても、具体的なシーンや展開の部分については
「そういうシーンがあるんだろうな、しらんけど」
になっちゃうだけかなと思いますw
SFやミステリーが好きな方には特に楽しんでもらえると思うので、アニメを見てから是非タイムシフトを聞いてください〜!
■見終わって丸い人さんに最初に話したこと
全エピソードを見終えて、他の人の感想を見聞きする前の自分の率直な第一印象を丸い人さんにチャットで送らなければと思って
最初に伝えたことは、この作品の「転生モノ」の文脈についてでした。
「転生モノ」というと、令和の現在では「異世界転生」の作品数が多く、また異世界に転生しないまでも
死んですぐに元の記憶を持ったままで再び生を得ることになり、もとの知識をいかに活用して切り抜けるかという部分に
主眼を置いたものがほとんどのように思います。
しかし、これとは違う「平成の転生モノ」の文脈が存在していると思っていて、この作品はそちらの文脈の方を
受け継いでいると思います。
なんせ『ファンタジックチルドレン(以下、ファンチル)』は2004年放映のアニメなので、
まだこの現実世界に「なろうの異世界転生モノ」という文脈が生まれてもいない頃です。
じゃあ、この「平成の転生モノ」としてどのようなものがすぐに思い浮かぶかというと、
『ぼくの地球を守って』や『美少女戦士セーラームーン』です。
また、宮崎駿監督作品でも『千と千尋』『ハウル』などで
「実はもっとずっと前に初対面を済ませていたんだよ」
という展開が描かれることがありますよね。転生はしていないけれど、これにも近い要素があります。
特に、『ファンチル』劇中でギリシア時代の人格の記憶を取り戻した人物は、すでに過去の記憶を持っているべフォールの子供たちと同様に
瞬時に銀髪になって「記憶が外見にまで作用する」という演出には、『セーラームーン』で月のプリンセスだった前世の記憶を取り戻した
うさぎの髪が一気に何mにも伸びたシーンを思い出しました。
同時に、「この演出が嫌いな人おらんやろな!」と思いましたw
うさぎの髪が一気に伸びたシーンは確か丸1ページを1コマとして扱うような大ゴマで描いていたのでインパクトも強く
「前世の記憶が蘇る」という我々には体験の難しい、かなりファンタジーな要素に人生で初めて触れたタイミングだったのもあって
「なんかすごいシーンを読んだ!」という感動はかなり強いものでした。
私は、なかよしによくハガキで感想を送っていたんですけど(たまにハガキが掲載もされていましたw)
前世の記憶が蘇った回は特に衝撃が大きかったので感想ハガキにもなにか書いていたかもしれませんw
そういう、過去すでに出会っていた好きな演出がオーバーラップする部分もあって、
一層これは平成の転生モノの文脈を受け継いでいるな、と感じました。
だから、初めて見る作品だったのに、どこか懐かしさを感じたというのが第一印象です。
■私がこの作品をキャッチコピー的に少ない単語で言い表すなら
次に、
「では、その転生というファクターを用いてこの作品は何を描きたいのか」
の方にフォーカスします。
この作品のテーマやコンセプト(転生要素を使って伝えたかった軸)は何かと訊かれたら、私はそれを
「反省と前進」
と解釈したと答えます。
ギリシアの科学者陣(べフォールの子供たち)にも、セスにもティナにもデュマにも、何かしらの後悔や心残り、執着がありますよね。
転生で別の器の中に入ってでも自分の持つ時間を永らえさせて、過去の過ちに何らかの決着をつけたいというようなところを
誰しも持っている。
しかし、はたしてやり残したことを満足行くまで何度でもやり直せばそれでいいのか、というとそうではないわけです。
状況は常に変わり続けているので、同じことを繰り返しても実はまったくの繰り返しにはならないし(主に周囲の環境が)、
繰り返せば思い通りになる保証もないので。
だからこそ、過去・現在・未来のいずれもを蔑ろにしない、「反省と前進」を選ぶことが誰にとっても大事だ
というテーマが根底にあると思いました。
そういう風に捉えると、あらゆるキャラクターの「なぜその人はそれを選択するのか」が全部説明できるし
納得感も生まれて自分の中ですんなり受け止められるという感じです。
「反省と前進」だと思わないで見ていると、「どうしてそんなことをする?その選択肢を選ぶ?不可解だ」ともやもやする場所があるかもしれないけれど、
誰もがその人なりの過去の境遇と向き合って、でも過去にだけ目を向けるのではなく過去に区切りをつけて
なんらかの教訓を胸に今とか未来の方へ向き始めるためにそれを選んだと思うとすべて納得が行きました。
そもそも科学者陣にとって、自分たちの科学技術や研究に対する姿勢に間違ったところがあったことは
過去ギリシアで起こった惨劇のひとつの要因なのではないかという「反省」があるから、
「落とし前」をつけるために何度も転生をして奔走している側面もあると思いますし。
また、ラスボスポジションであるゲオルカだけが、「絶対に反省をしない人」として描かれているのも
対比、対立の構造としてわかりやすく、こうまで反省をしない人だからこの人はラスボスポジションなんだな、
みたいな納得があるわけですw
ほかのみんなは、それぞれの思いや考えもありながら、お前ほど歪な執着はしないことに決めたのにお前と来たら、っていうw
■良かった演出
さて、この作品は絵柄から受ける印象とは異なり
「沢山の謎が積み重なっていって、最後には回収される」
ように作られたSFミステリーになっています。
そういう作品はジャンルとして好きなので、常に「何がどういうこと!?」「つまりこういうことかな!?」と
自分で推理したりしながら見るのも楽しかったです。
そのうえで、前述の「記憶が見た目に作用する」演出以外にも、個人的に
「そう、それ好き!」
と思った演出について書いておきます。
なによりもまず、一番印象的だったのはギリシア編に入ってエンディングテーマがロシア語バージョンになったことです。
私は本作のED歌手であるORIGA(オリガ)を高校生の頃(1996年)から知っていて、
自分の人生においておそらく初めて買った外国人アーティストのCDがオリガの「永遠。」なのです。
(人生で初めて買う外国語歌曲のCDが英語ではなくロシア語なところが私らしいですねw)
だから、多分普通の人よりはオリガの歌との付き合いが長いです。
ここでちょっと一旦オリガについて語ります。
というのは、こういう視点こそが私が語れる感想だからです。
誰でも思いそうなことじゃなくて、私だから思ったことに通じるので一度脱線します。
あとでちゃんとファンチルの話に戻るのでご容赦をw
オリガのCDは5枚持っています。
しかも、5枚に収録されている全楽曲の中に「全編日本語詞の曲」はありません。
サビだけ日本語というのがある程度です。
日本のレコード会社(東芝EMI)から日本向けにデビューした歌手でありながら、ずっとロシア語を歌ってきた人です。
日本の音楽プロデューサーがプロデュースして曲を作って、ロシア語歌詞で日本向けに表現してきた歌手なのです。
ちなみに余談の余談になりますが、私がオリガを知ったのは、1996年にたった一度だけAMラジオニッポン放送で放送された
「マリスミゼルのオールナイトニッポン」でGacktが
「今すごくハマっている歌手がいる」とのことでオリガのミニアルバムから2曲だけ紹介したのがきっかけでした。
私はその放送をカセットに録音して繰り返し聴いていたので、あとでCDショップの洋楽の棚で「永遠。」を見つけたときに
すぐ購入したという流れです。
そのあと攻殻機動隊のOPで2003年にアニメタイアップがあったので、アニメ視聴者間ではオリガの知名度が結構上がったと思います。
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(全26話)
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(全26話)
(攻殻機動隊も面白いですよ!)
オリガは攻殻機動隊OPにて、「inner universe」と「rise」という曲をロシア語で歌っており、作曲が菅野よう子さんだったのもあって
印象に残っている人も多そうです。
そして『ファンチル』の放映はその翌年2004年です。
私はこの当時はアニメからかなり離れていたのでこの時期の作品全体に疎く、
『ファンチル』も当然リアタイ視聴はしていなかったし、タイトルも丸い人さんに聞いて「初耳作品」という印象でした。
でも、アニメを見始めてすぐに
「エンディング、オリガなんだ、しかも日本語歌唱なんだ」
ということに意識を向けました。
フル日本語歌詞の歌唱はここで初めて聴いたので。
そのため、ギリシア編が始まってロシア語バージョンが流れたときに、
「せっかくオリガを起用したわけだしそうするよね!」
という嬉しさや、その演出自体が好き!みたいな色々な感動が同時に湧きましたw
そもそも最初の時点で「オリガなのに日本語で唄うんだ」と思っていたので。
遠い宇宙の大昔の話、過去編みたいなものであるギリシア編に「同じ曲を別言語で歌唱する」という演出を絡めたのがすごく好みでした。
私が何か物語を作るなら自分もそうすると思うんですよねw
音や音楽を使った演出というもの自体がすごく好きだし。
私はゲームにおける架空言語が「この現実世界とは違う世界の話である」という符号として用いられるのが好きで
これも同じ理由です。
そもそも「言語」が好きで、言語が「世界」を形作っている側面は必ずあると思っているからです。
オリガは2015年に肺がんで亡くなっています。(享年44)
その数年前、2011年頃からKAGAYAさんのプラネタリウム番組の楽曲の携わるようにもなっていたらしいです。
今、私は星空写真家KAGAYAさんのプラネタリウム番組を見にプラネタリウムに行くこともあるんです。(関連記事)
早いもので横浜の展覧会もあと4日となってしまいました。
— KAGAYA (@KAGAYA_11949) May 27, 2026
5/30(土)と、5/31(日)
お昼ごろから「天空の歌」会場に行く予定です。
会場で見かけられたら、どうぞお気軽にお声がけください。
5/31最終日は13:00からサイン会も予定されています。
みなさまにお会いできるのを楽しみにしています。 pic.twitter.com/jSCNb9Cqtv
こうしていろいろなところで「オリガの仕事の残り香」みたいなものを感じられるのだけど、
ファンチルもリアタイ視聴していなかったから当時知らなかったのを、今回知ることができました。
私には今、好きなロシア歌手やロシア民謡などが複数あるし、自分でロシア語カバーをしたりするほどだけれど、
オリガがその最初のひとりであり入口だったと言って差し支えありません。
加えて、『ファンチル』の演出には鏑木ひろさんが携わっています。
鏑木ひろさんといえば、今の私の中では『鬼灯の冷徹』、『GREAT PRETENDER』の監督として評価していて
『ファンチル』の時期は鏑木 宏(ひろし)でお仕事をされていた方です。
『鬼灯の冷徹』シリーズ
GREAT PRETENDER(全23話)
そういう、何年後、10何年後とかのお仕事でも面白い作品に携わっていることがわかっている関係者が
スタッフロールに何人かいらっしゃるのが嬉しかったり面白かったりしました。
たとえばほかにもOPの作詞は酒井ミキオ氏だったりと。
見てみたら今も好きな人、「良い作品を作る人」だと評価している人たちが何人も携わっている作品だったとわかりました。
そうやって、まったく一見横の繋がりのなさそうな作品でお仕事をしていた人達を全部バラバラに知ったあとに、どこかで一緒に仕事しているのを見ると、
「あれらのエッセンスが混ざったのがこれなんだ!」
と思って化学反応を楽しむという目線に繋がります。
この作品ではたまたま、知っている名前を複数見かけたので特にそこが楽しめましたし、
自分が今まで見たものがあってこそ、その楽しみ方もできたんだなぁと思いました。
色々見てからこの作品に出会ったのはそれはそれで良かったかもしれないと思うんです。
出会うタイミング次第で感じ方が全然違うだろうから。
作品の方は変わらなくても、受け取る人の方はいくらでも感じ方変わるし、いつがベストかは比べようがないけど、
なんとなく私は2004年当時じゃなくて今見たのが自分にとってはリアタイより良い受け取り方のできる状態で見られた気がして良かったです。
この世の人やモノはすべて根っこで繋がっていて、それぞれは各々の方角へ向かって伸びていくけど、
ときどき伸びた先で接触して反応を起こすというのが現実でも起こることであり、
この作品の中でも描かれていることに通じるなぁというお話でした。
■ゲームについて
霧生滝さんの動画のおかげでGBA版のエンディング全種を見て確認できたのですが、
少なくともゲームならではの「物語を分岐させて色々な終わり方を見せられる」という強みは活かせていて良いなと思いました。
本作に限ったことではありませんが、物語なんて無数の終わり方が考えうるわけじゃないですか。
しかも、『ファンチル』の場合は、途中何度もトーマは結局セスなのかソランなのか、どっちなの〜!?というのを
あえてはっきりさせないようにしたり、ミスリードもさせたりして、一応はどちらにも転べるようにしつつ話が進んでいく区間が長いです。
仮面ライダーみたいに1年間かけて物語を作っていくドラマ形式ものなどでも、台本打ち合わせで
「今の時流に合わせて展開を選ぶ」
ということがあるそうですから、それって裏を返せば、
「時流が異なれば、別の展開をしていた可能性が十分ある」
という意味にもなりますもんね。
『ファンチル』も、トーマを誰ということにして、そしてどう物語を着地させるかは結構色々やりようがあると思いながら見ていました。
アニメではあのように終わりましたが、見ているときに想像した、いくつかの「こうかもしれない」が
ゲームの方の別エンディングとして描かれていて、「そのIFルートもあるよね」と見ていて面白かったですね。
アニメはどうしても分岐していくつものエンディングを見せるのには向いていない媒体だと思うので、
そこでゲームとメディアミックスする良さはここにあると思います。
以上のようなことを語りながら、あとは同席している丸い人さん、ひょんさん、霧生滝さんから感想への感想や
「自分もちょっと違う切り口でこう思った」
みたいなことを言ってもらって、それが結果としてトーク番組になるという形式の生放送!
出てきたキーワードから少し脱線するところまで含めて面白かったです。
脱線というのも、今回は『ファンチル』テーマ・軸で話しているというのがベースにあるので、まったく無関係の話ではなくて
その余談に行ったあとに、
「結局それもファンチル作中で描いていることに繋がっていくんだけど〜」
という風に路線を戻せるので結構内容の濃いトークだったんじゃないかなと思います。
アニメ未視聴であれば、一度見ていただいてからタイムシフトを見ていただけると何を話しているか結構わかってもらえると思います。
というか、アニメまったく見ないでこのトークを聞いても、具体的なシーンや展開の部分については
「そういうシーンがあるんだろうな、しらんけど」
になっちゃうだけかなと思いますw
SFやミステリーが好きな方には特に楽しんでもらえると思うので、アニメを見てから是非タイムシフトを聞いてください〜!
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