めっちゃ日記。

数年前からインドで暮らしている、大学のサークルの先輩(私の2個上)が久しぶりに帰国した。
そこで、その先輩を「囲む会」が開催されることになった。
サークルのLINEグループで企画が持ち上がって、よく幹事を進んでやってくれる1個上の先輩がメールで誘ってくれた。
私はLINEをそもそもやっていないので、そのグループにも所属していない。
私含めそういう人にはメールで連絡をしてくれたわけで、マメな先輩らしいなと思ったw

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とはいえ、この「私の代と、その1つ上+2つ上」はかなり仲が良くて、以前は「FreeML」というメーリングリストサービスを使って
サークルの公式OB会連絡網などとは別に近況報告とかをしていた。
FreeMLがサ終したので、「知りうる限りのこの3学年のメンバーのメールアドレスを全部CCに突っ込む」という力技で
引き続きメールによる近況報告は行われてきた。
それに加えてこの2年の間にLINEグループも発足された。
私は「力技CCメール」とDiscordで連絡が取れる先輩を通じて、うっすら交流している感じw


サークルのみんなとリアルで会うのはかなり久しぶりだ。
一昨年の6月にもつくばで「大集合の会」が開催されたんだけど、そのとき私は声帯結節の手術の翌週末で
日常会話にまだドクターストップがかかっていたため欠席したのだ。
昔馴染みの先輩と会えるのに、一言も発してはいけないなんてお互いストレスだからなw
できて筆談になってしまうからコミュニケーションの効率が通常より下がる。

また、2025年の年始には「オンライン新年会」をZoomあたりで開催したみたいだけど、それも参加していなかった。
そんなわけで、一番最近サークルのみんなと会う機会がいつだったかという話になると、2018年くらい?まで遡ることになる。
2018年の会合でその場にいなかった人ともなると、それはもう最後に会ったのが20年くらい前になっちゃう。
インドから帰国した先輩もそのひとりだ。
でも、細く長く、メールや年賀状で連絡はずっと取り合ってきたのだから、縁は異なもの味なもの。

朝、幹事の先輩が私を拾いに家まで来てくれた。
そのあと駅で、インドの先輩と、私のひとつ上の先輩をもうひとり乗せて4人で筑波大方面へドライブした。
ときどき車から降りて歩いたりした。
私はずっとつくばを出ていないし、なんなら3年くらい前までは大学のすぐ近くに住んでいたのでこのへんはどこも見慣れた光景だけど、
卒業してつくばを出た人々からすると、20年で変わった部分も色々あると思う。
だけど、インドの先輩は
「すごーい、このへん夢で見たままだわ〜」
と感心していたw
確かに学校って、夢によく出るスポットだよね。
みんなで
「単位落としそうになる夢とかめっちゃ見るよね!w」
という話で盛り上がってしまった。

サークル会館とかを巡ってから、食事会をするレストランへ向かった。
1999年の夏に山中湖での合宿から帰ってきたその足で、みんなでご飯を食べに行ったレストランだ。
それ以来行ったことはなかったので、人生で今日が2度目の来店であり、その時間には20年以上の隔たりがあり
2度ともが同じサークルの同じようなメンバーというところが面白かった……。
このお店に次来る時も、このサークル絡みでなきゃむしろ来たくないくらいに思ったw
1999年に撮った写真がおそらく部屋のどこかに保存されているんだけど、あのとき私の隣にはインドの先輩が座っていた。
それを26年もあとにまたやることになるとは、そのときは思ってもみなかったな。

みんなでお昼としてステーキやハンバーグやシチューやパフェを食べた。
「今どんな仕事してるの?」とか、「音楽はやってるの?」とか色々な話を色々な人とした。
12人くらいいたから、全員と深い話をするのは不可能だったけど、私はこの人たちが大好きなのでとても嬉しかった。
人として好きな人たちの集まりだ。

私という生き物は大学を卒業するくらいまでは、人間の形をした化け物のようなものだったと自認しているが
それを「まぁ見た目的にも中身的にも、人間の大人と言って差し支えないかも」くらいまで成長させてくれたのは
このサークルの人たちなので。
私から見ると、サークルの人たちは二十歳そこそこですでに今と同じくらい大人の人間として出来上がっていて
自分はあまりにも未熟すぎて比較すらしたくないほど眩しかった!
私には、成長や学習や変化のポテンシャルがあったから、彼らの良い影響を刺激として受け取って
徐々に人間に近づいて来ることができたのだろうけど、仮に彼らと知り合わなかったなら、私の人生はどうなっていたか考えたくない。
相手と比べて自分を恥ずかしいと思う感性が備わっていたのがギリギリ救いだった。そのおかげで今があるのだし。
本人たちに言わせれば、各々が「いや、自分も今よりは未熟だったよ」と言うのかもしれないが、
なんというか、立脚点が違いすぎることをずっと感じていた。

インドの先輩は、私が1年だったときのサークル団長だったのだけど、英語の歌を綺麗な発音で唄うコツはこの先輩から教わった。
あと、『RRR』が日本に上陸するずっと前の段階で、「面白いので日本でも上映され始めたら見て」と教えてくれたりもした。
それに、結構深い話を色々した記憶もある。
歌がうまくて、ユーモアがあって、落ち着いていて、思慮深くて、映画に詳しくて(特にホラー)、
複数の言語を話せて、でも時々変なテンションになるオネェという面白すぎる人だ……。設定が渋滞を起こしている。
定期的に会って話したい相手。インド在住だから無理だけどw


食事の後、2次会としてカラオケに行った。
参加者は8人だったかな。
なんせ合唱サークルなので、全員歌がうまいのが改めて面白かった。
大学生時代も、先輩がみんな歌がうまい上それぞれ個性も持っているものだから、
音楽的にもすごく刺激を受けたんだったなぁと思い返した。
「CRTモニターの前で最低音を出すと画面にノイズが走る」というエピソードを持つ低音の先輩とも20年ぶりくらいに会って
相変わらずビリビリ来る低音で唄うのでとても良かった。
誰かがちょっと古めのみんな知ってそうな曲や合唱したことのある曲を選曲すると、全員でハモりだす。

それに、もう長いこと生きてきたので、「そういう空間」が実は結構レアだということにも気づいている。
大学に通っていた頃は、自分がいる環境が実はかなりレアで恵まれているということを実感する場面はなかった。
社会に出て、バックグラウンドの異なる人びとと交流すると、
「大学で知り合った人、そして中でも合唱サークルの面々って、色々な意味ですごい人達の集まりだったんだな…」
ということに気付かされた……。
まるで“特異点”みたいだ。
在学中からこのサークルやメンバーが大好きだったことは変わらないけど、離れて20年以上経つと「特別さ」が際立ってきた。
その後の人生で、二度と「似たようなもの」にさえ遭遇できないような集まりだったとは……。
どれだけの奇跡の積み重ねでこの縁は生まれたのか。

人とカラオケに行くこと自体が久しぶりだったので楽しかった。
私が今カラオケで気持ちよく歌えるレパートリーは、この人たちには絶対通じないだろうな…という曲ばかりになってしまっているので
選曲には悩んだけどw
でも、自分が何を唄うかより、主にインドの先輩の歌を聴きに来たようなところはあるので、その目的が果たせたのが大きいと思う。
そもそも別に私の歌なんか、聴こうと思えばネットに数百の動画が転がっているしな。特別でもないし、ここで求められてもいない。
私が先輩たちのファンなので、歌いにというより聴きに来ている!
次いつ一緒にカラオケに来られるかわからないので、聴くことを楽しませてもらった……!

ちなみにインドには、案の定「カラオケBOX」というのはなくて、歌が歌えるバーみたいなものがあるらしい。
日本で言うところのカラオケパブに近いのかなぁ。
で、そういうところに行くと、めちゃくちゃ歌のうまい謎のインド人がどこからともなく現れて、
「なんか申し訳なくなっちゃう」とのことだったw
おもしろインドエピソードも色々聞けたw


とにかくみんな元気そうで良かった。
また会える日が楽しみだ。