ジュースルートは、1999年に発売された元のガラージュにおいてのシナリオだった……はず。
確か……。
そっちのバージョンは持っていないから調べて知った情報でしかないけど、
今回遊んでいる「完全版」を出す際に映像のリマスターだけでなくシナリオ追加をしていて
それが白瓦斯屋の雌機械３体分の分岐だということがどこかに書いてあったと思うので
原作だとジュースルートしか存在しなかったのではなかろうか。

と、ここまで書いて作者の作場さんから補足説明のツイートがあったので貼っておく。

ガラージュのオリジナルは8章『ヤン』でエンディングです。8章というのは物語の全ての要素が出そろったところで、そこから物語の全ての要因と結末が類推され得る状態ですが、その先は明示されていません。ガラージュ完全版は語られなかったその先を明示的な終わりに導くために作り直しました。 https://t.co/j5CJABkXGI

— 作場知生 Sakuba Tomomi ガラージュ完全版:配信中！ (@sakuba) October 28, 2023

ジュースルートも９章から後は完全版で追加された部分なのか……、
そう考えるとやっぱり追加文量凄まじいなぁ。


元のガラージュのシナリオを、２周目として遊んだことについて、
「この順番じゃないほうが良かったかも」
とは思わなかった。
レイコとシャンのシナリオは未読だからわからないけれど、少なくとも道代ルートを先にクリアしてあったことは
両方のルートにとって良いことだったと思う。
道代ルートは、このゲームが「純愛のゲーム」だとわかりやすく説明してくれた気がするし、
それを踏まえた上でやるジュースルートは、「これがある意味トゥルー」という趣がしっかり感じられたし
道代ルートを先に遊んでいたからこそジュースへの理解もより深くなった気がする。
もし１周目でジュースルートをやっていたら難解過ぎるかというとそういうことでもないけど、
１周目でジュースルートに進まなかったことにより１周目のジュース周りの情報は
全て２周目への伏線の役割を果たしてくれていると感じた。


シュレディンガーの猫みたいに、
「観測者がいなければ居るのと居ないのと、両方が常にありうることとして確定せずにいる」感じで
人間関係・人間社会における個々の役割というのは、
「役割がなければ社会に存在しないようなもの」ということと
「役割があると”自分としてのただの自分”というものは存在しえなくなり関係の上にだけ自分がある」
ということが常に両立していると思う。
これはゲーム内だと「器と中身」の話だったり、アインの終盤のセリフなんかに示されていると思う。
役割（観測）を取っ払うと「ないのと同じ」なんだけど、役割が生じるその瞬間に望むと望まざるとによらず
「あるけれど、ただのそれそのものではなくなる」。
だからこれは量子力学的な話でもあるし、形而上学的な話でもあるし、親鸞の思想のようでもある。

ジュース（ルウ）は、自分が「ある」ためには役割を引き受けなければならないという強迫観念があったのだろうけど
その役割では自分が自分としては見てもらえないということとの間で葛藤があったと思う。
それで逆に、役割のない、またはこれまでとは全く異なる役割を担うことになる関係が築かれそうになった際
混乱があったのだろう。
これはルウの側の問題だ。

そしてその関係の先には主人公がいて、主人公の側ではルウの求める自分の役割を果たそうとすると
ペルソナをつけずにそれを達成することが出来ないので、今度は役割の上で主人公が
自分が自分としてルウの前に立てなくなるという問題を抱えた。
おそらく、ふたりともが役割に雁字搦めになっていたんじゃないかと思う。
ただ、ガラージュに腰掛けているのはヤンなので、ヤンの中の問題と、「ヤンの中のルウの問題」を
同時に解決するのが今回の治療だったと解釈する。

前述のように人間（ジンカン）は関係と不可分で、大抵はその関係というのは役割とほぼイコールとされている。
おそらく多くの人達の間で無意識に。
しかし役割と関係はまたちょっと別の概念で、「関係の上に必ずしも役割は必須ではない」んだと思う。
だって「好き」ってときに、相手の役割が好きなわけじゃないよね……？
え、そうであってあってほしい。
例えばだけど、「◯◯してくれるから好き」っていうのは役割が好きなだけで、
「その人そのもの」が好きって意味にならない。
◯◯の中に当てはまる動詞次第では、「そんな理由で好かれたくない」ってものもあると思うし。
でも多分ヤンはルウの役割が好きって意味で「好き」って言ったわけじゃないのに、
ルウにはそんなことがこの世にあり得るということがわからない。
それに気付くことなく、ヤンとルウは役割の螺旋の中に囚えられてしまって出られなくなってしまったんだろう。
ふたりとも、求められている期待に応えたい気持ちだったのだろうけど、悲しい結果になってしまったから
ヤンはガラージュで治療を受けることになったんだろうなぁ。
ハンさんの最後のセリフで、「庭で花の世話をするときに適切なことが出来る自分に喜びすぎた」という夢の話が出てくるけど、
ハンさんは「ヤンの丁寧さ」の表出なんだなと納得するし。
まぁ、この世界を作ってすぐに雌機械を解体して減らす選択をした「ヤン」も
外の世界での過去に対する精算をしようと試みるヤン当人の表出であり、
あの意地悪なメディチすらもそんなヤンの一面ではあるだろうけどね。

だからこの世界はヤンと（ヤンの中のルウである）ジュースのために作られて、それを過去のものとして整理をつけるためには
ヤンからヤンとは全く違った役割を担った、この主人公が分離して生まれる必要があって、
それが治療のスタート地点（ゲームの冒頭、主人公がガラージュの世界の自室で目覚める瞬間）だったわけだ。
そしてこの世界のあらゆるNPCがヤンの心の中にある、外の世界のなんらかの要素がメタファーになった存在で、
みんながそれぞれヤンの一部なんだろうな。
それは「ヤンの知人」なのかもしれないけど、「ヤンの中のその人」である以上、ヤンの心象世界を
具現化したらそれはヤンとは切り離されてそこに出現するし、そこにはそれぞれ「役割」があったり
その役割さえも「ヤンから見た役割」に過ぎないものなのだろう。
もしその役割から逃れようと試みる機械や、役割にしがみつく機械がいたとしても
それもひっくるめてヤンの中のその人であって、その人そのものじゃない。
でも「心を解決するとき」というのは、まずそれをわかるところからスタートするんだよなって思った。
また、道代ルートの場合は、「街のNPCの終わり方」が違ったけど、ジュースルートの場合の街の人々は
「役割」から解放されたようだった。


本田サンがいつか言っていた。
「私が目指しているのは常に、心が少し軽くなるようなものなのだ」と。
その本田が台車を改造してくれるということも無関係ではないのだと思う。
そして、このゲームもヤンとプレイヤーの心を最後には少し軽くしてくれるものだと思う。
だから見た目が不気味だとか「ホラーっぽい」ということはゲームの本質ではなく、
そこでこのゲームから離れてしまうのはとてももったいないと思っている。
私は、今回のジュースルートでもジュースが外の記憶を取り戻して独白しているとき涙が出てきてしまったし、
ヤンの中のルウが
「失敗なんてなかったんだよ」
って言ってくれることが、ヤンの心をようやく少し軽くするはずだと思うと、私も気持ちが少し晴れるのだった。
だから（１周目もだけど）、そうやって攻略対象が自分たちの過去を受容して空の下に放り出されるとき
プレイヤーとしての私の心も晴れて軽くなって、
「良いゲームだったな」
となる。