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その1はこちら



〈第6章 ニコニコ動画期 供2008年)


以上の様にして、カラオケ板とニコニコ動画を股にかけた私の1年が終了しました。
そして、2008年の2月にカラオケ板紅白のMCをも引退してからは、
本格的にニコニコでの活動の方にウェイトを置くようになりました。


1月12日、組曲『ONE PIECE』を一通り歌い終えたので動画でアップしてみました。
もうこの時点で、組曲としては6回目くらいの録音になりましたw


しかし、私は漫画のワンピースに関して、実家にいた頃は毎週リアルタイムに読んでいたのですが、
大学に入ったときにジャンプを読む習慣がなくなって離れてしまったために、歌詞の読み間違いなどがあり
すぐに歌いなおして1月31日に(改)にしました。
この(改)の方もランキングの10位くらいまで上がった記憶があります。
当時は、今ほど動画も多くなく、前日と毎時の総合ランキングくらいしかなかったので、そこで10位まで上がると
「うわー結構目立つなあ…」という感じでした。


それにこの頃は、冬もマシンガンを加速したり、初めてボカロ曲のリクエストをもらったけど
それはMEIKO曲だったりしました。



それから

こういうものも作られたりして嬉かったですね。


3月3日にオメがん(三時のオメマユ)、18日にVIPゾロ(現DASH)がそれぞれ、組曲『ONE PIECE』をアップしたことが
判明して、替え歌の作詞をした前菜さんも、歌つき動画の方では「ロビンの人」と呼ばれていることがわかり、
「これ麦わら海賊団メンバー揃うんじゃないかな…」
と思い始めました。
それにもし集まったら全員で改めて組曲『ONE PIECE』を歌いたいな!と、この時に思いました。
(そしてそれが叶うまでには2年必要でした。)


どうやら私がリクエストに応えたことで、視聴者側で熱が篭っちゃった人が出たみたいで、オメがんやDASHの動画に
益々リクエストが相次いだようでしたw そして彼らが3月になって、それに応えたという。
(余談ですが、汽車しゃんは12月の時点で“ウソップっぽく”歌ってアップしていましたw)


この直後に、mixiの方でDASHからメッセージが来て、最初から「コラボしよう」というような話を
していたわけではないのですが、なんとなく連絡を取り合うようになりました。
DASHが、更に外部のサイトでオメがんを見つけてきて、mixiで私とDASHとオメがんが繋がりました。
そこで、ワンピースのキャラソンとかやってみたいね、なんて言ってどんな曲があるのか調べてみたら
なんと、ルフィ・ゾロ・サンジで歌ってる曲があるじゃありませんか!!
たまたまその時点で集まってたメンバーそっくりそのままのパート分けでコピーできるwwwということで
二人を誘ってみたところ、ものの数日でアカペラデータが送られてきました。


3月31日、ニコニコ海賊団が旗揚げされました。
(新アカからの再うp版)

2009年11月に3人で歌いなおしたもの


ここから、ニコニコ海賊団の歴史が始まります。

《ニコニコ海賊団について》

いまは「ニコパイ」という略称で親しまれている「ニコニコ海賊団」ですが、
これもなんとも数奇な運命を感じるコラボユニットですね。
ちなみにニコパイはNICONICO PIRATES(ニコニコパイレーツ)の略です。


まず、前菜さんが「組曲替え歌ブーム」の中で組曲『ONE PIECE』を作って、自身でも歌をつけ
「前菜@ロビンの人」と呼ばれていました。
そして、カラオケ板時代から全然関係ない曲で「クリリン?」とか言われていた私の動画に、この組曲を歌って欲しいという
リクエストが本ッッ当に沢山書き込まれまして、これはもう絶対逃げられないな、くらいの感じを受けましたw


そして、それを実際に歌ってみたところ、最初のバージョンと(改)で合計して10万再生まであっという間でした。
まさかそんなに待たれていたと思わなかったです…。
「似てないな」って言われて終わると思っていたので。(ちなみに今でも似てないと自分では思っている)
3月に偶然にもVIPゾロ(現DASH)とオメがんが投稿し、しかもその歌の中で、互いに煽り合う部分があって
特に交流もしていないのにこのシンクロ率はすごいなあ、と感心していました。

それで、DASHから「組曲ワンピース歌ってるかにぱん。さんですよね?」と連絡をもらって、
オメがん探しをして、3人で集まった。これが、ニコニコ海賊団の始まりでした。

名前は私がつけました。
本家麦わら海賊団とは明らかに異なるのだから別の名称をつける必要はあるし、
かといって別にカニのマークを掲げたいわけではない。
ニコニコ動画がなかったら、今こうして知り合って、「RESPECT!」を歌ったりしてないだろうしな、と思い
「ニコニコ海賊団」にしました。
今でこそ、ニコニコ生放送内で声真似をしている生主さんは沢山いらっしゃるわけですから、
「ニコニコ」でやってる「海賊団」は他にもあるかもしれませんが、少なくとも当時は私たちの他になくて、
なんというか、別に凝った名前にしたくもなく、安直なのが良かったんです。
それでこんなに単純な名称になりましたw


動画をアップするときに、「あ、何かコラボユニット名つけた方がいいかもなあ」と思い、
急いでつけたせいもありますw
なので、DASHとオメがんは、公開された動画を見て初めて
「あ、俺たちってニコニコ海賊団っていうんだ」
っていうことを知った状態でしたw すまん!w


こたねちんの組曲は2008年4月20日にアップされていますから、「RESPECT!」も見て歌ってみたのかな。


その後しばらく音沙汰っぽい音沙汰はなかったのですが、
9月には、組曲『ONE PIECE』の1周年を記念した動画にお誘いいただきました。


ちなみに記念日は、歌なしが9月7日の投稿、歌ありが9月14日の投稿(再うp)なので、
そのいずれかということになっています。


10月。
私と、DASH、オメがん、そしてこたねちんと前菜さんの5人が繋がりました。
そこで、「キャラソンを歌ってジャンプで繋いで動画ツアーを企画しよう!」という話になり、
「キャラソンツアー」を作りました。

出発地点がここ


この曲も、今歌い直したらもう少し似るような気がするので、近々録り直ししたいリストに入れてありますが…。
しかも録音環境もエンコード方法も違うので、もっと音質なども良く出来ると思うんですよね。
ともかく、最初は、この5人で4曲歌ったのが、「キャラソンツアー」でした。
その少し後に、今度は前菜さんから誘われて、クリスマスコラボをしようということになりました。
そこでは、組曲もアップしていた「するめ」さん(ニコニコ引退済み)がウソップを演じてくださいました。
また、チョッパーはいなかったので、私がそのときだけチョッパー役をしています。


ところで、今の7人が揃ってからニコパイを知った方になりますと、2008年当時のことなど
知らなくて仕方ないと思うのですが、タイツォンがウソップっぽく組曲を歌っていたことから、
私たちの動画でも「ウソップはタイツォンが似てる」というような
コメントが沢山つきました。(タイツォンとの交流については後述)
こういう「その動画にいない人の名前を書く」というのは、歌い手動画を見る上でマナー違反ということは
今では皆さんも良くご理解頂いていると思うのですが、実際にそういうことが沢山起きたから、
今はそういうのがマナーだよねとなっているのであって、過ちがあった上での現在、ということなのかもしれません。
その頃はそういうマナー違反が「マナー違反」と認識されていなかった分、多かったのです。
ここでタイツォンが―と書いてしまうのも本当は良くないのですが、ちょっと調べればどうせわかることなので
伏せずに本人の許可を貰って書いている状態です。

それで、タイツォンとはその後、後述の仙台ライブを通じて交流するキッカケを持てたので、一度ちゃんと誘って、
ちゃんと断ってもらえば視聴者も納得して諦めてくれると思い、タイツォンにウソップをやりにこないか
声をかけたことがあります。
知り合ったことで、余計に周囲に「タイツォンが加入か!?」という空気も出てきてしまいましたし、
そのままよくわからない感じではいられなかったですね。
タイツォンにとっても、例えば視聴者が「ニコパイに入ってください」ってしつこく言い続けるようだと、
迷惑になると思いましたし。
その仙台ライブの時タイツォンがボーカルをやった北海道バンドと
「ウィーアー!」をコラボすることになったので、尚更声をかけておこう、という意味合いもありました。
でも、多分やらないだろうとは思っていました。
だから、ダメ元で誘って、実際にちゃんと断られたので、
そういった経緯をブロブやニコ生などを通じて視聴者に説明していって、
正式にウソップが決まったらそれが例えタイツォンでなくても「ニコパイのウソップ」であることを
受け入れてもらえるよう説得を続けました。


しかしその間に、するめさんとは連絡がつかなくなったため、しばらくウソップ不在の期間がありました。
私が、タイツォンに声を掛けずに「ニコパイのウソップはするめさんなので」と主張し続けていれば
そうはならなかったのかもしれないとか色々反省もしましたが、実際のところはわかりません……。
しなかったことについてどんなに検証しても、今はもうそれとは違うルートに入ってるのだから
「もしこうしていたらどうなったか」を実際に知る術はありません。
ただ、色々なところに温度差というのはあったかもしれませんね。
どれだけ声が似ているかとかではなく、コラボユニットの場合は「足並みが揃っているか」が重要だと思いますし。
これは、他の誰がどう悪かったということではないので、責めるとすれば私を責めてください。
何かもっと全員が納得行く、的確な手段があったようにも思います。その反省は今後に生かすしかありませんが。


2009年9月。
9月といえば、組曲『ONE PIECE』の記念日がありますので、それに合わせて
ニコパイでキャラソンなどをコラボしていく中で、「Family」「ウィーアー!」を歌ったのですが
それはまさにその「タイツォンに断られてするめさんと連絡がつかなくなった時期」であったため
ウソップは不在であり、チョッパーとして梨姫しゃんの加入を発表することを兼ねての「Family」と
フランキーとして汽車しゃんが加入したことを発表するための「ウィーアー!」という形でありました。


経緯を知らないと、「汽車しゃんはウソップが出来るのに何故やってないのだろう」と思うかもしれませんが、
上記の事柄は、その疑問への回答にもなると思い書きました。
このあたりの事情を飲み込めば、そういう順序になった理由も理解していただけるのではないかと思いますが
いかがでしょうか。


そして、汽車しゃんが「無双」であったことは、今総合的に見返せば良かったことだとは思いますし、
飽く迄「徐々に」それを出していくという配慮も必要だと思ってそうしました。


梨姫しゃんは2009年の2月に組曲をソロでアップしていました。

そして、2009年7月6日に、
私、VIPゾロ、オメがん、こたねちん、するめさん、前菜さん、梨姫しゃん、×紋さんの音声を用いた、
「ミニ合唱Project」さんによる、「混ぜてみた」が公開され、いよいよ組曲『ONE PIECE』の正式な合唱が
現実味を帯びてきて、是非梨姫しゃんをチョッパー役に誘おう、となったのです。
そして、前菜さんに、既に交流のあった梨姫しゃんに声を掛けてもらっている間、
私の方では汽車しゃんに連絡を取っていました。

汽車しゃんとは、一番はじめ、私のバンドがライブを開催したときに、メールでチケット予約できるシステムを敷いていて
「行きたいけれど成人式だから行けない」というメールをもらったことで知り合いました。
ただしそのときは、フランキーやウソップの声真似ができる人、という認識はなかったですけどね。
彼の「汽車」という名前は、「最終鬼畜全部蟹」を聞いて、「俺も自分の大好きなポルノグラフィティの曲で
全部俺やろう」と思い立って録った動画で
「ボイスパーカッションが汽車っぽい」といわれたことに由来するという話をされたので
ワンピースファンだとか、自分も組曲を歌っているということは当人も言ってなかったように思います。



私もタグとかで巡ってみて「初音ミクの消失」をストレイト・クーガーの替え歌にしてるんだなあ、
とかそっちに注目してしまったしw



つまり、私が組曲『ONE PIECE』を歌う前から彼は私の動画を見ていた視聴者のひとりで、
もちろん組曲『ONE PIECE』も見ていて、ワンピースファンとして、
その後のニコニコ海賊団結成の流れも含めてすごく盛り上がっていたそうなのです。
ただ私が知らなかっただけでw
それで私はそれを全然知らずに、私の歌ったキャラソンの動画に「フランキーなら汽車さんがいる」というようなコメがあって
「え? 汽車さんってあの人かな?」
と思い出して調べたら、フランキーのみならずボンクレーとかジャンゴとかの声真似をしている動画が出てきて
「こいつだwwwwwwwwwwwこいつしかいねえwwwwwwwwwwww」
となったことで、こちらから、是非ニコパイのフランキーに、とお誘いした次第です。




フランキー役として誘って加入してもらった汽車しゃんですが、彼は元々早い段階(2007年12月時点)で
組曲『ONE PIECE』をウソップっぽく歌ってアップしており、しかも映像の関係で権利者削除されていたため
動画の検索などにはそれが引っかからず、汽車しゃんのマイリストを見るとようやくそれに気づける、という状態でした。
なので、「補欠」としてウソップをやってもらえることは、フランキーとして誘った後にわかったのです。
とはいえ、これにより、彼が色々な役を一人で演じるというキャラを確立させて「汽車無双」という単語が生まれるに至るなど、
色々「結果オーライ」であったともいえます。
それがわかったからこそ、組曲を合唱しよう!ということになったわけですし。
余談ですが、私が汽車しゃんに
「ウィーアー!のコラボの話があるので、フランキーとしてニコニコ海賊団に加入してくれないか」
という交渉のメールを送った際、汽車しゃんの返信のメールは日本語が若干崩壊していました。
嬉しすぎてそうなったそうですがw こちらとしても嬉しいことです。「ん?」とはなったけどね!ww




2009年のクリスマス動画は「YOU ARE THE ONE」になりました。
汽車無双のはじまりです。

出来る役はなんでもやっていいよ、といったらこうなりました。


蟹風呂ライブで、タイツォンとニコニコ海賊団とが共演することになった際、タイツォンは、汽車しゃんのことを
「汽車さんね…… あれは、病気!」
って言ってました! 多分「(良い意味で)」がつくんだと思うんですが、確かに病的な声真似レパートリーですよね!!!!


2009年の12月には、前菜さんとこたねちんと汽車しゃんと私とせらさんでジャンプフェスタ・ストロングワールド観るオフ
というのをやったのですが、このときに「ワンピースの0巻」という特典がちょうど在庫切れになったために、
引換券を渡されて、年明けにそれの交換に行ったのですよ。
(後、このストロングワールド見に行くオフに、「行きたいのに行けない」と悔しがるDASHに対して
 「ゾロざまぁwwww」という電話を掛けたことで、DASHにざまぁキャラが定着した)

0巻を取りに再度幕張に行った時のメンバーは、私と汽車しゃんと5月病マリオさんとせらさんの4人だったのですが、
(せらさんまじどこへでもついてくる)
まず最初にアキバの海峡で唐揚げを食べて、マリオさんと汽車しゃんが、ジョジョの話題で盛り上がり、ふたりが
「最近ニコニコで“うろジョジョ”見てる」「おれもれもwww」ってなりまして、
「もしかしてニコパイが声あてたら“うろワン”出来るんじゃね」という流れに。
そこで、アキバで食事が済んだら幕張にワンピ0巻を引き取りに行って、今度は幕張のビッグボーイでご飯を食べながら
実際に「うろおぼえワンピース」を描いてみることになりました。

そして数日後、出来てしまったのがこれです。

このシリーズなんですが、じわじわ続いて今ここまで来てます。






2010年3月31日。
ニコニコ海賊団の2周年記念日でしたが、2年越しの夢を皆でかなえるため1月から頑張りました。
つまりうろワンを作りながらもこれを作っていました。


この動画は、私が関わった動画の中で初めての100万再生となり、もうニコニコ海賊団として
出来るだけのことはやりきったと言っても過言ではないと思います。
これ以上の誉れはないのではないでしょうか。

この合唱に関しては、やはり「ミニ合唱Project」さんの「混ぜてみた」も参考にさせていただきましたし、
「ミニ合唱Project」さんと、その「混ぜてみた」動画を楽しんでくださっていた視聴者の皆さんからの
期待に応えたいという気持ちも、モチベーションに繋がりました。
まぁこの合唱に対するモチベーション自体は、そこまでの2年間、ずっと高かったんですけどね!ww

スカイプに「船室」という会議窓を作ってあって、今の7人で、録音や会議をして
「ここにこのセリフをいれよう」とか、「このセリフを録ってみたから聴いてみて!」とか、
「この部分は誰と誰で歌おう」とか毎日大騒ぎでした。
×紋さんにも、ビビとドクトリーヌをお願いして、セリフも沢山録ってもらいました。
私も、ルフィ1役とはいえ、それは、とても大きな1役であったため、アニメ本編の該当シーンを見て
本家田中さんのセリフの言い回しを耳コピしまくりました。
前菜さんの、エニエスロビーでのロビンのシャウトは、本家と同時再生して
「同じ人が二人いるwww」
となったし、それに応えるルフィの「生きたいと 言えぇぇええ!!!」も、前菜さんにまけじと全力を出しました。
あのとき、「叫び方」というのを覚えた気がします。


この動画のクレジットには尾田栄一郎先生の名前や、ワンピースの声優陣について書かれていませんが、
ご本家の関係者の方々に「捧げる」ほど偉そうなものでもないし、「スペシャルサンクス」にすると、
原作のほうが「お手伝い」とか「素材」扱いになりそうで何か違うと思ったのです。
いまだにこの部分の明確な答えは見つかっていません。
とにかく、作品や、それに関わっている皆さんへのリスペクトは最大限込めたし、
この動画を見て欲しいのはそのご本家の方々ではなくて、どちらかというと、まだワンピースを良く知らない人
であるような気がします。


ちょっと前に書きましたが、私はワンピースを「ナミの過去編」までリアルタイムで読んで、
そのあとにジャンプを毎週読む習慣がなくなったために一旦離れていたのです。
それで、組曲『ONE PIECE』を歌うことで、もう一度ワンピースと出会い、読み直して、
改めて感動したという経緯があるので、この合唱動画も、ワンピースとまだちゃんと出会っていない人や
一旦離れた人が、「改めて面白い作品なんじゃないか」と、興味を持って欲しい思いで作っていきました。
だから、原作者やアニメの本家声優さんに見て欲しいのでもないし、
それらを素材として人気動画を作りたかったのでもないので、クレジットにその方々を入れるとしたら、
なんと入れればいいのかいまだにわかりません。
「最大限のリスペクト」という項目を作ればいいのかな……。
ちなみに、以下に紹介する「ピースマ」等においては、「やっぱりなんか違うんだよな」と違和感を感じながら
「スペシャルサンクス」の項目に書き加えました。絶対何か違う…。

ハッ!! 「スペシャルシャンクス」と書けば良かったのか!!!

ともかく、この「メドレー替え歌」は、今でも「続きを作ってください」の声を沢山頂くのですが、
組曲『ONE PIECE』は第1巻〜39巻の内容をこの10分半に詰め込んでいます。
また同じような「メドレー替え歌」を仮に作るとして、それが組曲なのか流星群なのかすらわかりませんが、
とにかく第2弾をやるとしたら、やはり同じ冊数になる78巻くらいまでは出てからじゃないと
作れないんじゃないかな、と思っています。
しかも、その頃にニコパイがどうなっているのかはまた別の問題なので、確約もできませんが…。
多分ニコパイのメンバーは、一生涯の友人であると思いますが、「ニコニコ海賊団」という活動を
いつまで続けられるかということは誰にもわからないのです。



2010年4月1日(組曲の翌日)、エイプリルフールネタとして、
「アニメワンピース嘘オープニングテーマ」を作りました。



作曲はせらさん、作詞は私、演奏は北海道バンド、そしてニコパイが歌う、というものです。
エイプリルフールネタとしてそこまで盛り上がりませんでしたが、
「実はニコパイのテーマソングなのです」とネタバラシをしたところ、
ちゃんと楽曲として気に入っていただけたようで、それはそれで大変嬉しかったです。


上記楽曲制作メンバーに加えCDジャケットと動画背景が5月病マリオさんという、
これまでのニコパイとその周辺の皆さんの総力を結集したものになりました。
CDはもうほとんど在庫がなく、増刷する予定は今のところないのですが、即売会や蟹風呂喫茶の物販などでは
少数置いていますので、是非手にとっていただければと思います。
CDに収録されているバージョンは動画とは別になります。
カラオケ音源も入っています。

それから、ニコパイでは、現在までに、この「ピースマ」を含め3枚ほどCDを出していますが、
そのいずれにも言えることは「おまけが本編すぎる」ということです。

CDというメディアは、再生時間としては74分が最大、というのがいわゆる一般的な考え方ですが(例外はあります)
ニコパイCDに収録されている「楽曲」の再生時間は合計で10分程度であり、その後に30〜40分くらい
オマケのトークが収録されています。声優座談会のようなポジションですね。
こればかりは、CDを買って聴いていただきたいトラックです。

オープニングテーマのようなイメージで「ピースマ」を作り、2作目としてはエンディングテーマのようなイメージで
「共生賛歌 〜RAINBOW COLOR〜」
という楽曲を発表しました。略称は「ボーカラ」


「ピースマ」は息継ぎをどこですればいいのかわからないということに定評があり、
そのことでメンバーからもせらさんに苦情が噴出しましたが、「ボーカラ」の方は「ピースマ」に比して
脅威の息継ぎ回数です! とても歌いやすいと思います。
タイトルは、ダジャレですが、せらさんと「何か、今回はダブルミーニングなタイトルにしたい」という相談をして
例えば「強制参加」→「共生賛歌」とか、という例を出したらそのまま通ったというような流れだったと思います。
そして、作詞の際に、パート分けを予め決めて、その担当パートのキャラクターのイメージカラーを歌詞に盛り込み、
カラフルな歌にしようと決めていたので、サブタイトルを「RAINBOW COLOR」としました。


もう一つのCDは、歌モノではなく全編セリフのボイスCDです。
ニコパイが羊を数えるCD


こちらも大変くだらなくて、睡眠妨害にうってつけです。
ちょっとこの動画で序盤をお聴きいただけるので参考にどうぞ。
CDでは200匹まで数えています。

勿論「共生賛歌」のCDにも「羊を数えるCD」にもお馴染みの「座談会トラック」が収録されています。
しかも、「羊」のCDでは、皆で協力して台本を作っていったので、その制作過程をお聴きになれます。
え、いらないって?

という風に、ちょっと販促になってしまいましたが、同人CDを作ったりもしてきました。


また、私のブログ「蟹風呂」で主催するライブ「蟹風呂LIVE」の1st、それから2ndの前編においては
ニコニコ海賊団のステージというのを設けましたが、そのときには出演者一同、その人気に驚きました。
なんというか、実感がないんですよ。
私たちを見に来たの?本当に? という感じでw
何か違うものに熱狂してるんじゃないだろうか、と。
いや、確かにワンピースに熱狂的であるということは言えると思うのですが、ワンピースに熱狂的だからって
ニコニコ海賊団にも熱狂的になるとは限らなくて、むしろ批判的になる人だって大勢出そうだし。
けれども、ワンピースもニコパイも好きだと言ってくださる方は、私たちが思っている以上に多くて
ライブに足を運んでくださって、本当にびっくりしましたし、嬉しかったです。
ライブに関しては、別章で詳しく書きます。


ニコパイはその後も仲良くやっています。
ただ、この人たちは、別にこれが仕事ではないので、本来の各自の生活というのがあって、
その余暇をそれぞれ割いて、コラボとかに充てているわけです。
プライベートが忙しくなるタイミングや、その余暇の使い方や、使える時間の長さは
人によって違いますし、その時々で変化しますから、いつでも誰とでもペースが合う訳ではありません。
特に7人となると、7人全員のタイミングを合わせてニコ生をしよう、というだけで
結構一大事ですw
そのため、最近は、きっかり3ヶ月に1度のペースでやっていたコラボやニコ生も、
実質無理!という状態にあります。
皆バラバラに、各自の生活を送っているのだからしかたのないことです。
でも、あれやりたいね、いつかこれやりたいね、というような、「ニコパイでやりたい面白い企画」というのは
いつも私たちの中にあって、きっとタイミングが合えばそれをするんだと思います。
だから、以前のペースではないけれども、きっとまた動画をアップしたり、ニコ生をすることはありますから、
都合が合えばこちらまで、遊びに来てくださいね。





《声真似について》

ニコニコ海賊団で、ルフィを担当している以上、声真似について書いておかなければいけないと思います。
しかしこれは、飽く迄私個人のスタンスとして主張するものであって、これと違う考えの方が大勢いらっしゃることは
理解していますし、それは各々自由にやって良い事だと思いますから考えが違う方のことは全く否定しません。
そもそも、誰かを否定するために書く段落ではありませんしね!!w


先に書いておきますと、私は
・自分の生放送「かにぱん黙示録」ではキャラのセリフを言うなどの声真似をコンテンツとして配信していない
というスタンスです。
今のニコ生の風潮にあっては珍しいかもしれないので、
私の声真似に対する考え方を以下に噛み砕いて解説しながら、理由を説明していきます。


まず、組曲『ONE PIECE』を歌うまでの流れを含む、ここまでの文章を読んで頂いていれば、
私が、リクエストによって組曲『ONE PIECE』を知り、すぐには歌えないと思いつつ、
なんとかリクエストには応えたいがために、やったことのない声真似というものに挑戦したのだということは
わかっていただけているのではないかと思います。


しかし、他の楽曲の「これ歌ってください」「歌って欲しい」というリクエストについても同じことなのですが、
「視聴者がリクエストをしてきたからやったのであって、似てないからといってそれは私のせいじゃない」
みたいなことは言いたくないのです。
確かに、私は自分自身で「私って田中真弓さんのような声出せるかも!」と気づいたわけでもありませんし、
人からリクエストを貰わなければ、もしかしたら未だに1曲も田中さんの曲は歌ってなかったかもしれません。
だからといって、リクエストされて歌って「似てない」といわれたときに、リクエストした人のせいにするのは
とてもかっこ悪いことだと思うのです。
飽く迄似てないことは私の責任なのです。



事実、リクエストを受けるというところは「受動的」なことかもしれません。
でも、それを聞いて「歌いたい」と思うところからは「能動的」なのですから、そこから後は
自分で責任を持たなければいけない部分だと思います。
そのため、仮に似てないと言われようとも、また、自分で完全に納得の行く出来ではなかったとしても、
「全力を尽くす」
ということから逃げてはいけないと思います。


それは何故かというと、結局のところ、どこかしらで手を抜いたことというのは、追々自分の後悔になるだけだからです。


私は、後悔がこの世で一番嫌いなことかもしれません。
時間は巻き戻せないからです。
死ぬのより嫌だと言ってもいいでしょう。
死んだ後のことなんてわからないから、生きている間に起こることと比較してもナンセンスですし、
生きている間に感じる苦痛としては、「後悔」というのは私にとって生き地獄そのものなのです。
だから、とにかく迷ったら「一番後悔しないであろう選択肢」を取るようにしています。


そして歌にしろ、声真似にしろ、「後でもっとチカラがつけば、そのときは今より良くなる可能性」が
あるのかもしれませんが、その時が来るのをただ待っているのでは、可能性を自分で殺していることになります。
まずは、「今の全力」を出し切らなければ、そこより良くなった未来というのは訪れないものだと思っています。
ひとまず今の全力とか、今の限界を出し切って、
自分の「今」をはっきり知らなければ、その先へは進めないものだと思っています。



リクエストに応えるにしても、
「視聴者がやれというからやった」
だけでは責任転嫁になるし、リクエストした側も別段嬉しくないですよね。
私は、視聴者から受けたリクエストで知らなかった曲を知って、それを気に入って歌いたくなったから
能動的に歌って、リクエストに応えるというスタンスでいたいのです。
そして、ちゃんとそのときの全力を発揮しなければ、自分が後悔するのがわかっているのです。
勿論、後になって「今やれば更に良いものになる」と感じればそのときに「改」をリリースすれば良いのです。
とにかく、「今の」全力を出したい、これに尽きます。


ただ、他の方々が私と違う考えであればその通りに自由にやればいいと思うと同時に、
私にもやりたいこと、やりたくないこと、やれないことがあります……。
声真似というのは、今となってはニコ生の人気コンテンツとなっていますよね。
私もニコパイをやっている以上、自分のニコ生で時折「声真似してください!」といわれますが、
トップページに書いている通り、かにぱん黙示録内では声真似はあまりやりません。
ニコパイの生放送のときは、腹を決めて必要に応じてやりますが、かにぱん黙示録内では
ほとんどやらないですね。
それは、生でちょっと喋った程度では、私にはまだ似せられる実力はないと思っているからです。
本当はニコパイの生放送でも、「自分絶対似てないこれ…」と物凄くイライラしてたりもします。


でも、録音で声真似をするときは、ひとつのセリフに対して何百回も録ります。
その中から「これだったら及第点」というのをなんとか一つだけ選ぶ、という作業をするのです。
生で1回言うくらいでは納得が行かないことはわかりきっているので「やらない」ということが
私の責任の取り方であって、全力を出したいときは、集中して録音を重ねることで応えたいのです。
どこでどういうタイミングならやる、それ以外ではやらないとはっきりしておく必要性を感じているのです。



それはなぜかというと、声真似というのは、結構ナイーブなものだと私は解釈していて
例えばそれは、似顔絵に似ています。
特徴を捉えてそれをデフォルメすることで、「似ている!」となったり、本人が不愉快になったりもするのです。
その差は紙一重で、「ものまね芸人」はそれを笑いに昇華させていますが、
あれは、生半可の覚悟や勉強では出来ないことのはずなのです。
本人を不愉快にさせた時点で笑いではなくなるわけですから。
ただでさえデフォルメしていることで、ブラックジョークの要素があるのでギャンブルだと思います。
だから、本来中途半端は許されない世界なんじゃないかと思うのです。
「真似される程の有名人になったら、その人も本望だろう」
というような言い分もあるかもしれませんが、それは人それぞれ感じ方の違うところですから
一概には言えないことだと思います。



皆さん自身は、自分自身が有名人ではないだけに、「真似されることになった場合」の自分の気持ちを
想像したことすらないかもしれませんが、今ちょっと考えてみてください。
すぐに
「もし、それがこういうパターンだったら嫌だな」
というものに思い当たったりしませんか? 
自分で好きではないと思っている特徴を前面に出されたりしたら嫌ですよね。
真似をされて嬉しいかもしれないし、嫌になるかもしれない。
実際にされてみなければ判断はできないけれど、どちらの可能性もあることに気づくはずです。


だから、私は、真似をするということには、かなりの覚悟と勉強とリスペクトが必要だと考えています。
それがあるのかないのかなんていうことは、本人から見たらバレバレなのですから、尚更です。


そのため、私は、「これなら世に出せる」と思う声真似を、飽く迄「収録」の形で提示したいと思っていて
ニコパイの生放送においては、声のコンディションを極力調整して、事前に可能な範囲で練習したりして
臨むということで折り合いをつけています。
あ、ただ、かにぱん黙示録内で田中真弓さんの曲を歌うこともありますが、
それは真似ではなく、他の曲と一緒で、むしろ普通に、自分なりに歌ってたりします。
それが似てるとしたら、もうそれは、それで……そうなんだろう…。



最後にもう一度書いておきますが、この「声真似」のスタンスは、私個人の、自律や自戒を書いたものであって
他の声真似主さんがどうすべきかは、ご本人の自由であればよいと思う次第です。
ただ、他の生主さんが、皆声真似やってくれるのに、かにぱん。は何故やってくれないんだ!
という方には、以上のようなことをご理解頂けると嬉しいのです。
他は他、私は私ですしね…。
私としては、かなり噛み砕いたつもりなのですが、まだ言葉足らずかもしれません。
自分の中では、行動理念というか軸のようなものがあるのですが、
読者さんから見て筋が通っていなかったとしたらすみません。



さて、2008年3月以降の、その他の出来事に戻ります。

3月22日、バンドのライブがありました。
その一回前のライブよりも会場の収容人数は少ないというのにお客さんは増えてしまって大変でした。
このライブは、その一回前の池袋のライブと違って「うp主」のお客さんが増えました。
例えばせらさんとか。

しかも、このライブについては、そのせらさんが後に、ニコニコ漫画(公式)で連載した
「てつくずおきば体験版」の4話にも描かれています。
これです!(有料)


まぁ、このライブと、この次の池袋のライブと2回分の内容を混ぜて描いている感じになってますけどね!
セミノンフィクションなのでw

実際は私は「かぼちゃだよね〜」とか言ってませんし、あ、いや、否定するのはそこじゃなかった。
実際せらさんはもっともっと挙動不審でした。あ、今も挙動不審か。

まず、私のバンドは、ライブを入場無料にしていました。
ブッキング形式だと普通チケットノルマがあるのですが
そのノルマ分については、バンドのメンバー7人でワリカンして払ってしまい、
お客さんにはチケットを当日開演前に手渡ししたり、取り置きリストで管理するなどして、
とにかく無料で見てもらっていたのです。
自分たちが好きで演っているだけだから、お客さんからお金をもらうようなことじゃない、という
アマチュア精神(?)でw 
このあたりのスタンスに反対意見の人もいるかもしれないけれど、そこは今はおいといてください!w


それで、開演前の昼過ぎの時間に私は会場の入り口で待機して、お客さんにチケットを渡して
そしてすぐにそこから一旦退去してもらう、という形にしていました。

せらさんは、ねこさんと観に来てくれたのですが、チケット受け取りのときには、せらさんが単独で来ました。
明らかに私のライブに来る人だろうな、という感じで遠くから見てるのになかなか近づいてこない男の子がいて
それがせらさんでした。
そして、彼はじわじわとにじりよってきました。

せら「あ、せらと、申します」
かに「せらさんだとぅぉ!? お世話になってます!!」
せら「えっ!あ、はい」

このあたりは漫画にあった描写は結構忠実だと思います。タイミングとしてはライブ前でしたがw
そして、チケットを2枚渡して、
「開場時間頃になったらまた来てください。一旦は別の場所で時間をつぶしてきてもらえますか」
というと、せらさんはチケットをじーっと見つめたまま、数秒黙り込んでしまい
「……わかりました!」
と言ってじわじわと去っていきました。

これが実際の風景です!! ちょっと漫画とは違うでしょ!!w



その後、同じようにして、どやとグレイト炒飯が来ました。
その二人とも、このライブ開演前が初対面でした。
でもどやを見た時の、「この人がどやに違いない感」は異常でした。
あと、グレイト炒飯は三田村邦彦に似ています。似田村邦彦だと思います。

それから、阿部ダンサーズ超監督が、千葉ダンサーズ(マユリさん、凶ちゃん、13)と、暴徒くんをつれてきました。
阿部ダンサーズ超監督とは、この動画のうp主です。

MMDが出来る前にこんな動画を作って、「踊ってみた」の火付け役になった方ですね。

そして、監督は、色紙を取り出して私に「サインをください!」と言ったのです。

サインとかしたことなかったのですが、そこで初めて「かにぱん。」としてサインをしました。
すると、後から後から「おれもれも」とお客さんがやってきて、色々なものにサインしましたw
2000円札とかww
あと、そのときに鉄扇にもサインしましたが、その持ち主が
蟹風呂喫茶でバーテンをやってくれている「鉄扇の風伯」さんです。
ライブのたびに新しい鉄扇を持ってきていたので、風伯さんのところに4〜5本
私や他の出演者のサインが入った鉄扇があると思いますw

せらさんの漫画に描かれている、打ち上げのジャンケン大会とかはその次のライブで、
2008年10月27日開催の池袋ライブの模様ですね。
このときも打ち上げの1次会が100人、2次会にも80人くらいいて、どやとまぐさんの初対面となったり
転少女さんともお会いできたり、漫画にあるように、せらさんの似顔絵無双が始まったり
モスコが来たりもしました。

そして、せらさんにしろ、監督にしろ、どやにしろ、この年の12月に行われた合唱祭につながっていくわけです。
合唱祭についても、せらさんの漫画があります!(有料)


4月11日、しもさんの新しいニコニコメドレー「ニコニコ動画流星群」がリリースされました。
私は翌12日中に(V)・∀・(V)<かにかに動画流星群(SP1)をアップしました。
5月13日には、カオフリの第2弾「1000%SPARKING!を歌ってみたとは限らない。」を公開しましたが
最終的に映像の関係で権利者削除となりました。短い命でした。


そして、6月10日だったかと思いますが、最初のアカウントが無期限動画アップロード停止状態となりました。


権利者削除をされた動画は、MOSAIC.WAV楽曲一斉削除で消えた5曲くらいと、アクエリオンやゾイドジェネシスなどの
歌ってみた音源にアニメ映像を乗せたものが、映像で引っかかったパターンとで、合計8個です。
最後の決め手になったのは、ゾイドジェネシスでした。


奇しくも、私がカラオケ板にアップしたエアーマンが転載されたのと同じ日(6/11)に、
2つ目のアカウントに移動することになりました。
これが私のニコニコ動画2年目開始と同時に起きたのですから、偶然とは恐ろしいものですね……。
「さぁある意味今日から2年目だ!」→「アカウントロックされてるー!( ´゚д゚`)」
てな具合でした…。この時点で、最初のアカウントの投稿動画は、マイリストに全183件あり、
最終的にはそのうちの177件を、「最初のアカウントからアップした動画」と認定しています。
もう上手く数え切れないほど動画があるのですが、現時点では、1197個
自分の動画の数と数えています。

これによって、私はニコニコ動画からいなくなったと思った方も大勢いらっしゃるようで、
最近になって数ヶ月に一度くらい、稀に歌ってみたのカテランなどにランクインしようものなら
「おかえりなさい」だの「まだいたんだ」だの色々言われますが、今この記事を書くまでに
ニコニコ動画からいなくなったことはありませんww
「おかえりなさい」って言うけど、どこにも出かけてないよ!!!w
皆よりよっぽど、毎日ニコニコログインしているレベルだよね!!www

とにかくそこから、権利者削除と無関係なものの再うpなどを始めて、
次に改めて、新しい動画を公開したのは6月21日でした。

謳う丘

これは、ブログの100万HIT記念です。
ミリオンという大台を意識して、とにかく多重録音しなければいけない音源を録ろう!と思い、
かねてよりリクエストを頂いていた「謳う丘」を謳いました。
動画は、「こがにのじかん」MADを作ってくださった、Hiyoさんにお願いしました。
今聞きなおすと、まだまだだなぁと思うのですが、この当時はこれが全力だったことは
紛れもない事実です。
合計780個テイクをミックスしています。

そして、その4日後の6月25日0:00には、1周年記念で歌った、物語.WAVを公開しました。

これは長いメドレーだけあって、収録にはじっくり時間をかけました。
流星群は、すぐにも録れる!という選曲と繋ぎだったので「速さが命」とばかりに翌日うpをしましたが、
さすがに物語は即日は無理だなと思ったので、どうせだし何らかの記念日に合わせて公開しようということで
1周年記念に照準を絞って収録しました。
ほぼ同じ頃、講談社のMouRaというポータルサイトからインタビューの申し込みを受けたりもしました。
もうそのサイト自体がなくなってしまったので、そのインタビュー記事を貼る事はできないのですが、
ライターの方、カメラマンの方がわざわざつくばまで取材に来てくださいました。
しかも、そのインタビューシリーズは「ニコニコの“神”たち」みたいなコンセプトで
(私は蟹だと言い張ったんですが)その初回が私でした。(蟹なのに…)
その後、同じシリーズ内で、タイツォンやほんこーんさん、超監督らもインタビューを受けていました。
MouRaの取材に際しての動画はまだニコニコに残っているようですね。
それにしても、まさかこういう取材を受ける立場になるとは思いも寄りませんでした…。蟹なのに。


8月中旬、バンドの練習の日に、朧月が東京へ遊びに来ていたので、バンド練習後に合流して
オールでカラオケしました。
これが朧月との初対面でした。


これが朧月との初対面でした。これが朧月との初対面でした。これが朧月との初対面でした。(大事なこと)

なんという破壊力……!!
この人には、なんらかの「スイッチ」が備わっているのだと今も信じている…。
ON/OFFの切り替えがすごいときがあるのですよ。
そしてそれを、この後にも何度も見せられたので、そう信じています。


8月23日、伝説のライブイベントが開催されました。
Niconico Summer Live(笑)2008です。
ニコニコサマーライブ2008ができるまで その1
ニコニコサマーライブ2008ができるまで その2
ニコニコサマーライブ2008ができるまで その3
ニコニコサマーライブ2008ができるまで その4(完)


勿論、ライブというのは、当日突如集まって「ハイやります!」ってものではないので、
数ヶ月前からじっくりと準備がされるものなのですが、ニコニコの歌い手と演奏者が単発でバンド編成して
それを1000人規模の会場で見せる、というのは、これが最初だったのは確かで、
最初だからこそ準備の中でとにかく試行錯誤が多かったのを覚えています。
考えうるあらゆるリスクに対してどのような対処をするか、ということとか。

ブログにも書いてあるとおり、始めは出演そのものをどうするか悩みました。
自分は、前々から書いている通り、バンドに所属していて、確かに自分個人でニコニコに動画を
上げてはいるものの、他の有名な歌い手、奏者に混ざって「瞬発力」を発揮できる自信はなかったからです。
また、色々とリスクも考えられました。
ステージに摺りガラスを置いて、顔を隠そうという案があったくらいです。

自分のバンドで出るイベントでさえ、悪意を持った人が来ないように色々工夫して告知していましたし
ニコニコで宣伝をして1000人ものお客さんを集めるともなれば、リスクだって
数倍の規模と、パターンが考えうるわけですよね…。

3月の大塚での自分のライブの前後に出演依頼が来て、相当迷っていた記憶があります。
最終的に、当日まで出演が知らされないシークレットという形で出たいと申し出て、
その形で出ることを許して頂きました。
ゼブラさんと、ガゼルさんもシークレットだったので、イベントTシャツのデザイン上、
名前は文字として記入せず、模様に私たち3人のモチーフを組み込むという形にしました。
Tシャツデザインは私がすることになったのでw
ガゼルの角にゼブラ模様、そして楽譜に(V)というブレスマークを蟹のハサミとして入れました。

4月頃からこのような準備がじわじわと始まり、7月上旬にチケットが倍率12倍という売れ行きで完売。
8月1日に、初めて自分が所属するバンドの皆さんと、顔合わせ兼スタジオ練となりました。

インテル王子、鬼弦曹さん、三代ギター魂くん、事務員Gさん、地味侍さん、やまだんさん…
今でも各々の道で頑張っている人たちです。
この方々と、ニコサマを通じて、あのとき知り合えて、私は本当に光栄に思います。
スタジオ練では、やっぱり皆「瞬発力」が異常だなぁと思いました。
スタジオ内のホワイトボードに、コード進行を書いて、それを見ながら予習なしでも演奏できちゃうという感じの。
なんかもう、その場で覚えたりアレンジしたりできちゃうんだもんなあ。
このくらいじゃないとニコニコではやっていけないんだな、くらいに思いました。ビビった。

前日練である8月22日のスタジオは、スタジオ丸ごと貸し切りのような状態で、
どこの部屋へ行っても、ニコニコ奏者と歌い手がいる!w
バンドサークルの合宿を思い出しました。
砂敏さんや、ガゼルさんサリヤ人さんやRe:さん、ジギルさん疲れた男さん雪弥さん…
しゃーべるたん、prkrさん、ティッシュ姫、デP…まだまだまだまだ沢山の……
うおぉ、メンバー思い出すだけでムネアツだよ!!
なんかめまぐるしかったですw


とにかく、今思い出したことを書くよりも、上記ブログ記事を全て読んでいただくほうが
臨場感があると思うのですが、「ニコニコのライブイベント」は、ここから始まったんじゃないかと思います。
勿論その前にも「ニコニコ音楽寅さん」とか、それこそ私のように、元々所属しているバンドなりがあって
そのライブをやっていたうp主と、そこに見に来るニコ厨というのはあったのですが、
ニコニコの奏者と、歌い手で、複数のバンドを作って、ひとつのライブにするというやり方は
ここがスタートになったんじゃないかと。


打ち上げも楽しかったなあ……。
「ネットスター」の収録のためにほんこーんさんが来日してて、あの当時はまだ日本語が
喋れなかった、と後で仰ってましたが、超パーティで共演することになったとき、
やっぱりニコサマの話になって、「懐かしいですねー」っていうw
なんていうか、とにかく沢山の人にとって、一つの節目になったライブだったと思います。
DJ Takumaさんとも、ニコサマの打ち上げで知り合って、後にTakumaさん主催の「ニコニコキャラバン」にも
2度出させていただきましたし、やはりニコサマの裏方にいた「いぶし銀次」さんともその後交流が続いて、
「おっさんホイホイライブ」に出させていただいたり、ニコサマを起点とした、
沢山の分岐が生まれたんです!確実に!
これって、私ひとりに起こったことではないと思います。
やっぱりそこから、何かの転換とか派生とかを感じたっていう出演者は少なくないはずです。
「あのとき始まった」感!!


打ち上げといえばせらさんが無理やりエアーマンを歌わされていて、
「あれ? せらさんいたんだ?」
と話しかけたら、
「本番前に舞台袖で話しかけたじゃないですか! まぁかにぱん。さん、“この人誰だろう”みたいな
 よそよそしい感じだったから、ぼくだとわからなかったのかなとは思ったけどw」
と言われて、未だにそのことを根に持たれているらしく、ニコサマの話になると必ず
「舞台袖で話しかけたときよそよそしくされた」
ということを言ってきますね…。


そして前述の通り、10月に池袋で、7ヶ月ぶりにまたバンドのライブを開催しましたね。
いっつも、ライブには来てくれるのに照れくさいからって打ち上げに来てくれないまぐさんが
ついに打ち上げに来てくれて…。
今思い返すと、まぐさんにしては恐ろしく静かだったなあ。


でも、2次会がパセラのパーティルームで朝までコースだったので、
入るや否や、まぐさんに「熱くなれ」を歌わせたりしてましたw
あと、どやにも「いちごSPARKING!」を歌わせもしました。(そして私は合いの手を盛大に間違えた)
その2曲っていうのは、二人がそれぞれカラオケ板紅白に提出してきたことがあるレパートリーで
私はすごく好きだったんです。
いつか、自分の裁量でイベントを作れる日が来るなら、この2曲は絶対セットリストに入れようって思っていて
80人の大部屋で、まずはそれをやってみてもらうことにしたのでしたw
結論から言えば、その夢は2010年5月に叶い、二人には400人の前で歌ってもらいましたw


この池袋のライブの際に、ソフトバンクの方が見に来ていて、私とせらさんと名刺交換などをしました。
そのつながりから、11月に、AMラジオで放送するラジオCMのお仕事を頂いて、
せらさんとねこさんと、私といさじでCMを作りました。
それらは、マクロスFの番組の間に流れたらしいです。

この日記見たら、私ネットランナー編集部に、バンドのライブ観に来ませんかってメール送ってたのか。
え、まじか。
何やってるんだ、私。


ここで、ブロマガの1記事における文字数上限10万文字が近いので、
記事を切り分けようと思います。

<続く>

2008年12月9日、いさじと同人サークルを発足しました。
その名もJumping Spider!!!

《Jumping Spiderについて》

「いさじ」という人はずーっと謎の存在で、ホームページとか連絡先とかも公開されていないので
ヤフーブリーフケースに音源がある、ということしかわからず、都市伝説か何かだと思っていました!!
(しかもそのブリーフケースは徐々に閲覧者が増えていったために時と共に重くなり
 ニコニコに転載され始める頃には「兄貴の鋼鉄のブリーフ」と呼ばれていた)

と言う話をしたら、向こうからも「かにぱん。は都市伝説説」を唱えられたけどw
ともかく、カラオケ板紅白歌合戦で、第1回開催のときに聞いてくれてて
「これ運営してるの(V)・∀・(V)じゃね?」
って思ったのもあったらしく、2回目のときに参加してくれました。
いさじのような特定のスレの面白い人が紹介できればいいな、というのが企画の目的の一つでもあったので
本人が率先して参加してくれたのはとても嬉しかったです。
別名義だったけどw
しかも、最初に応募してきたメールの設定が本名で、いきなり本名バレされた上に
別名義だったから、音源を聞くまではそれがいさじだとは思わなかったのだけど、
朧月に「いさじ(?)から応募キタ━━━━(V)・∀・(V)━━━━!!!!」ってすぐに報告して
かに「これいさじだよね? 名前違うけど(しかもメールの送信者が本名っぽいけど)」
ろげち「この声はいさじしかありえないwww」
みたいな話し合いをしたような記憶があります。
勿論、我々二人としてはたいそう盛り上がったのですが、曲が曲だったこともあって
いさじを紅白のトリに、というわけにはいかずw
しかし、実況スレでは「これいさじだろwww」っていう感じで盛り上がってもいたので
良かったかなと思います。

その後、そんな謎の存在だったいさじに、「いつかコラボがしてみたかった」という話をすると
面白そう!と乗ってくれたので、最初に歌ったのが「マスターアップ!グレイトアキバトラー」でした。
さらに「聖戦と死神」や「カルナバル・バベル」「魂の慟哭」などなど、色々歌いました。
「いおりんラジオ」にも出ていただきました。

色々とコラボをしていく中で、アニソンとか特撮をイメージしたオリジナル曲や、架空のテレビ番組企画を
いさじとやってみたいと思い、同人のオリジナル音楽サークルをやろう!と誘ったのが始まりです。
しかし私たちは自分で作曲はできないので作曲は外注しようということにして、
ひとまず二人のサークルという形で始めました。

サークル名を決める際に、二人が好きなものにしようということになりました。

当時はよくMSNメッセンジャーでチャットしていましたが、その中でわかっていた共通の好きなものが
・アニソン
・デ・ジ・キャラット
・ハエトリグモ
・嘉門達夫
でした……。

あーサークル名が「かもんたつお」とかにならなくて良かった!
ハエトリグモは英語だと「Jumping Spider」で、これをサークル名にしました。

私は元々蜘蛛は全般苦手だったのですが、他の昆虫は大丈夫なのになんで蜘蛛だけ苦手なのか、
克服できないかと考えて、家の中で見つけた「ミスジハエトリ」という蜘蛛を捕獲して、
本来アリを飼うために使っていた薄型のプラスチックケースで飼い始めました。
それで色々生態観察をしたところ、ハエトリグモは可愛いという結論に至りました。

私が蜘蛛が嫌いになったのは、子供の頃に家の花壇にかなり大きな蜘蛛の巣が出来ているのを見たときでした。
蜘蛛も巣も大きかったので、子供からすると、ただ大きいというだけで威圧感や危険性を感じるものですよね。
父親は「これは大きい!」とはしゃいでましたが。


でも、まずハエトリグモというのは巣を作って、そこに引っかかった虫を食べるタイプではなく、
自分から徘徊して、コバエなどを捕獲して食べて暮らしているのです。
ゴキブリの子供なども駆除してくれるのですよ。
巣を作ることはあるのですが、部屋の天井と壁がぶつかっている地点に自分が寝るための小さなハンモックを作る感じで
人の通り道に糸を張らないので邪魔もしないです。

それで、最初は種類がわからなかったので、ネットで蜘蛛の画像を色々漁ることにしました。
そして背中の模様から「ミスジハエトリ」であると特定。
色々な蜘蛛画像を見ていて、「ハエトリグモ」は全般的に愛嬌があるということもわかりました。
ハエトリグモばかりの高解像度写真館のサイトがあって、そこでもやはり「ミスジ」は特に可愛いと思いましたね。
あと、「ネコハエトリ」とかも可愛いです。
虫の何もかもが嫌という人には、どこが可愛いか説明しても、嫌悪対象としてしか見られないと思いますが
(蜘蛛は「昆虫」ではないけれど)
蜘蛛にはまず、目が8つくらいあって、それ自体は可愛いと言うより不気味ですけども、
一番メインになってる目が、まんまるくてキラキラしてるんです。
それで、しかも、つけまつげか!ってくらいまつげがバッサバサなんですよ。
飼育中に気づいたのは、こちらが観察している間、向こうもこちらを観察しているということです。
とにかく、すっごく目が合う。

そして、日本の家屋にいるハエトリグモは大抵1cmにも満たないような体長なのですが、
それを高解像度で見ると、猫のように毛がフサフサと生えていて、しかもそれが綺麗で、
そしてやはり猫のように、毛の手入れをする、綺麗好きであるということがわかったんです。
ジャンプの素早さにも驚かされます。

また、死んでしまった虫には興味がなく、生きているショウジョウバエなどを自分で捕獲して食べます。
だからエサ用のショウジョウバエを、蜘蛛とは別で飼育しなければいけなかったりもしました。
ショウジョウバエの繁殖はあまりにも簡単すぎるので、手間ではなかったのですが
好きでもないのにハエを繁殖させるのは嫌でしたw

ハエトリグモは動きもかわいらしく、動画なども色々あるので、もし興味が湧いたのであれば
ご自身で検索して見て頂きたいのですが、鏡を見せると、威嚇のダンスを始めます。
求愛のときにも、これに似たようなダンスをするのですが、それも動画で見るととても愛嬌があります。


以上の様な、「ハエトリグモの可愛さ」について、当時良くいさじと語り合っていたので、
サークル名はこれになりました。
(嘉門達夫についてもそれなりに語り合ったけど…)

最初は架空のロボットアニメ企画から始まりました。
これは、サークルを作る前から、絵師のおぶいくんが「甲殻勇者かにぱーにゅ」のメカデザインをしてくれていたからで
(彼は今、同人と商業の両方で18禁か特撮の原画や漫画を描いているプロです)
そこに物語とテーマ曲、キャラソンなどをつけよう!というのが最初の企画になりました。

甲殻勇者かにぱーにゅ


初めてでしたからなかなか制作がうまくいかない部分もあって、当初「アルバム企画」として始めたものの、
2009年の冬コミでシングルを出し、アルバム収録予定だった楽曲を動画でまとめるという形に落ち着きました。


でもこの企画は、まだやりたいことがあって、物語自体は小説化とか、一部シーンのみボイスドラマ化するとか
いつかは出来たらいいなと思っています。
ある意味、今こうして沢山の文章を書いているのは、自分にとって、そのための修行でもあるような気がします。



ゆったりじっくりペースのサークルなので、次に明確な企画として作品を出したのは1年後の2011年冬で、
架空の魔法少女アニメ「魔法少女 たろっとろっと♪」です。

魔法少女 たろっとろっと♪

1作目がロボットアニメだったので、2作目は定番の魔法少女だよね!ということで。
しかも、このCDにタロットカードの大アルカナ22枚のセットをつけようという企画にしました。


絵師には、丸い人さん、ひろむさんなどをはじめ、当時「描いてうろ絵り〜な♪」(詳しくは後述)に参加してくださっていた
ogiさん、遠藤さん、友紀さんらも誘いました。
また、私といさじもそれぞれ1枚ずつカードを担当しましたし、CDジャケットは私が描きました。
アニメ作品として物語のプロットはやはり出来ていて、そのサントラという形でアルバムを作りました。


楽曲提供については、かにぱーにゅのときは、公募という形を取ったのですが、たろっとろっと♪については
影瑠板のDJで「作曲スレ」に集まっていた方に声をかけました。
「魔法少女たろっとろっと♪」という企画を立ててから、しばらく経って突如思い出したのですが、
影瑠板の作曲スレで、タロットカード楽曲を作ったり、それをCDにしないか?という話が数年前に
持ち上がっていたのです。
でも、私は、この「たろっとろっと♪」制作を決めた2011年頃には影瑠板にはそんなにいかなくなっていたこともあって
すっかり忘れていたのです。
しかしここでこんなことを思い出したからには、声を掛けておきたいし
もしそのときに曲を作ったものの、結局CDにはしなかったため宙に浮いている曲などがあれば
ここで発表してもらうのもアリなんじゃないかと思って、誘うことにしたのでした。


影瑠板の作曲スレでタロット関連のコンピレーションCDを作ろうという話が持ち上がっていたとき(2006〜2007年)
私は完全に「出たら買うわ」ポジションだったので、自分では曲を作ったりする側にいなくて、
でも、その企画が実現しなかったということは、頭のどこかに引っかかっていたんでしょうね。
だから「魔法少女×なんらかのモチーフ」を考えようとしたときに、タロットカードが出てきたのかもしれないです。
そう考えると、意図的に企画をパクったり、乗っ取ったりと言うことではないにしても、
確実に影瑠板作曲スレという“点”と、私が「魔法少女×タロットカード」という企画を立てるという“点”は、
私が一本の線に繋げてしまう部分はあるのだから、これはもうちゃんと誘ってみるしかない!と。
それで、一旦は距離の離れていた影瑠板でしたが、影瑠さん、UMA、ペンタアングル、TEKKONさんに
当時作りかけの曲があったら提供してもらえないか声を掛けたのでした。
そして全員が1〜2曲提供してくださいました。
実際作曲スレで作りかけていた曲のリミックスとか、新たな書き下ろしとか、
そのへんは好きな風に作ってもらいましたw
ただ、担当する「タロットカード」の意味やコンセプトをイメージしてもらえれば、それで良いという。


他にもこのCDでは、ウェブのボイスドラマ企画に応募するなりしていた時期に知り合った芸竜作(げーりゅさっく)さんや、
皆さんご存知せらさん、蟹風呂喫茶に来ていただいて知り合った編曲家の木原塁さん、
私が個人的に楽曲が大好きなボカロPのCazさん
かにぱーにゅのときに作曲担当で応募してくださったyuingさんにもお手伝い頂いています。


そして、タロットカードに関する知識というのは、私としては当時まだまだ浅く、全くの無知に近かったため
朧月にモノローグトラックの「作詞」をお願いしました。
これも影瑠板で、一時期制作していたボイスドラマに、朧月が「タロットカード占い師」の設定で登場していたことを
思い出したからです。(そのドラマ企画は作曲スレの企画より更に昔のことです)
その部分は台本としては公開されていましたが、ドラマになる前に企画が止まってしまっていたので
やっぱり私の頭のどこかでそれが引っかかっていた“点”なのかもしれないですね。


芸竜作さんといえば、楽曲制作がとても速くて、いおりんラジオのキャラクターソング5曲もすべて芸竜作さんが
担当してくださったのですが、この5曲が、1週間くらいのうちに全て納品されてきたのを覚えています。
1日1曲ペースでした。
最初はこの曲で知り合いました。



これがとあるボイスドラマのテーマ曲で、その歌唱担当の募集があったので応募したら採用されたんですね。
そのときに、曲に惚れ込んで応募したという部分がありまして、そのあと芸竜作さんには
いおらじのキャラソンを依頼した件もそうですが、たろっとろっとOP、「ジェラートの丘」のテーマソングも
お願いしました。


「こういう曲が欲しいのですが」と伝えると、そのイメージに沿った楽曲を作ってくださるのがすばらしいです!


この企画に関してはまだ続きがありまして、アルバムだとTrack08 の
検皇帝 『Neapolitan』 作曲:せら 編曲:Caz
こちらの曲は、アルバム収録時点では、インストなのですが、せらさんに楽曲を依頼したときに
3曲中この1曲だけは歌モノにする構想でお願いしてありました。

それを、スピンオフしたシングルが「IMPERATOR 〜Affira te ipsum 〜」です。

演奏:
ドラム/酪農仮面さん


ベース・シンセ/Cazさん


ギター/Marcoさん

「魔法少女たろっとろっと♪」のCDは、トラックリストをご覧頂くとわかるとおり、
タロットカードごとに楽曲が制作されています。
一部は曲ではなくて、そのカードの意味に通じるモノローグになっているのですが。
曲にしろ、モノローグにしろ、カードの意味を考えて作られています。


これらは、「魔法少女たろっとろっと♪」に出てくる、魔力を持ったタロットカードそれぞれに
魔力を擬人化したようなキャラクターが宿っていて、その放送回のBGMか、カードのキャラソンとして
作られていることにもなります。
しかも、Track07 掘女帝 『冬虫夏草』に至っては、曲もカードも「甲殻勇者かにぱーにゅ」に通じるものになっています。
「女帝」は、「甲殻勇者かにぱーにゅ」の「敵の女幹部 箙すみれ」のキャラソンでもあり、
「箙すみれ」は、「魔法少女たろっとろっと♪」の「女帝」のカードにも宿っているという具合です。


そして「皇帝」のカードには、「UTAU ISAZI」が宿っており、そのカードの登場する回のBGMが
検皇帝 『Neapolitan』
そして、カードのキャラソンが
「IMPERATOR 〜Affira te ipsum 〜」というわけですね。


実は、この後も、自分の脳内ではJSでやってみたいCD企画が生まれつつありますが、あまりにも財政難すぎて
新作CDをプレスするチカラがありませんw
そこで、とにかく他の出来る事をじっくりやっていこうという期間に充てています。
CDという形でなくても、作品を発表するということは可能ですしね。
その間に、「この先やってみたいこと」のアイデアを暖めるのはタダだと思うし!w


また、おもたん(後述)に関する同人グッズも、JSで管理しています。

おもしろい単語帳


では、2008年12月のその他の出来事です。

てつ×ねこさんからのお誘いで、アニメソングのアレンジコンピレーションアルバムアニメ☆ダンスオンライン
参加させていただいたりしました。


そして12月13日、ニコニコ合唱祭 IN 関東 2008が開催されました。
2007年12月15日と同じ系統のイベントです。
先ほども紹介しましたが、これですね。
http://seiga.nicovideo.jp/watch/mg21986?track=ct_episode
http://seiga.nicovideo.jp/watch/mg22806?track=ct_episode


2007年のときには、まげわっぱさんから出演依頼されても、どうにも踏み切れなかったのですが
2008年は思い切って司会と歌のステージをほんのちょっと、ということで出させていただきました。
司会は私の提案で、朧月との掛け合い形式で構成させていただきました。
私はトナカイコスで、「トナカニ」、そして朧月はサンタクロースコスで「サンタクローゲツ」です。
裏方手伝いみたいな形で、どや、かにみそ、モスコミュール師匠が来て、
ダンサー出演の方で、監督や千葉ダンサーズや今岡さんらがいました。

そして何故か休憩時間にこれが流れましたw



合唱祭の当日打ち上げには、モスコが呼んだことで5月病マリオさんが来ました。
私とマリオさんはそこが初対面でした。
そして、その当日の打ち上げはカラオケボックスで行われたのですが、そこでも朧月は
アイスクリームのうたをI SCREAMして、みんなをビックリさせていました。
どやは、「桜土反」をごくごく真剣に歌って、私が感銘を受け、後に動画化されました。


せらさんはまげわっぱさんと将棋をしていましたが決着がつかず、後日ニコ生で改めて対戦して負けて
まげわっぱのテーマソング」を作ることになりましたね。


合唱祭のちょっと後に、今度はモスコ、絵師ぽあろさん、せらさん、マリオさん、私らで、かにみそ邸にお邪魔して
忘年会をしました。
そのときに、マリオさんが持ってきたのが「おもたん」、せらさんが持ってきたのが「ドバグエ」でした。

では、順番にそれらを紹介してみようと思います。


《おもたんについて》

おもたんは、ダウンタウンの松本さんの「松本人志の一人ごっつ」内で行われていた、
麻雀卓のようなものを囲んで4人対戦するシュールな言葉遊びゲーム「面雀(おもじゃん:面白い麻雀の略)」が
ルーツになっています。
それを単語帳で再現し手軽に遊べるようにしたものが「おもたん(面白い単語帳)」です。


これは、単語帳に色々な単語を書くだけで、あとは、割と自由に遊べます。
ルールはアイデア次第で様々に発展・改変させる事が可能で、ローカルルールなどを派生させて、
コミュニティごとに自由な遊び方ができるものと思い、動画でひとまずデモンストレーションを行って
普及させてみようということになりました。




後に、プレイ中に出来上がった面白い「新語」に、解釈を与えるべく文章やイラストを書き起こしてまとめた
おもたん~面白い単行本~」という本も作ったりしました。

こういった制作物は、“1.5次創作”というもののような感じがしています。


対戦動画も沢山作りました。
一度、私の実家レストランを貸しきって、皆で食事がてら一日中おもたん大会をするという企画をして
それも動画にしましたが、そのときは実に、13時間ほど、おもたんをし、食べてはおもたんをし、
という状態でしたw
単語を足せば足すほど、バリエーションは広がるのですが、面白い単語が増えるかというとそうでもないところが
単語追加の際に難しいところではあります。
けれど、自分たちで追加した単語によって、この世に新しい単語と、概念が生まれていくところが
このゲームの真骨頂ではないかと思います。
遊び方を理解していただいたら、皆さんにも周囲の友達との間で是非プレイしてみて欲しいです。
大体4人でやるのがちょうどいいと思いますが、1対1で対決する新ルールも作ってみたり、
それによるトーナメント動画なども作りましたので、是非参考になさってください。
これらの、新しいルールなどについては、今度また本にまとめようかな、とも思っています。


それから、私は2010年6月18日に、ツイッターを始めて、ファミ通で連載していた
「ゲーム帝国」の「地獄の念力絵師」である金子ナンペイさんをフォローし、少しお話をしていく中で、
おもたんを紹介したところ、大変興味を示してくださいまして、当時ナンペイさんと
ライターのヴィンセント秋山さんが担当していらっしゃったヤングガンガンのハガキ投稿コーナーとの
コラボという形で、おもたんをデモンストレーションするためのオフラインイベントを共同開催したりもしました。

おもたんナイト(2011/05/29@東京カルチャーカルチャー)


このイベントの中でも、更に新しい遊び方の研究・発表を行っており、もはや我々は
「おもたん学会」とその研究員なのではないか、という様相を呈していましたw


私は「ことば」というのは、何歳になっても使える「遊び道具」のひとつなのではないかと考えています。
それも、その遊びを始められる年齢もかなり早い段階なのではないかと思います。
「ことば」と「あそび」を両方覚えてしまってからは、誰にでも「言葉遊び」が出来るのではないかと思うのです。


ただ、語彙の数や、年齢による興味関心などには違いがあるため、複数人での言葉遊びでは
遊べる相手や理解を得られる相手が限られるということはあるでしょう。
しかし、言葉さえ知っていれば、変な単語やキャッチフレーズを考えてほくそ笑むという
一人遊びが可能なのですから、やはり遊び道具として優秀です。
遊び相手が必要な言葉遊びに関しては、それこそよくツイッターでも用いられている
「クラスタ」という概念や、もっと単純には、年齢層で以って
言葉遊びが可能な集団を区分することが出来るという風な具合です。
クラスタが異なると、遊びのルールが違ったりするので、面白みに欠けるということがあるわけですね。


ですので、おもたんも、この年齢やクラスタによってはカードの語彙を選別した方が
面白さに安心感が持てるということが言えるのです。
小学生向けおもたんであるとか、ニコ厨向けおもたんであるとか、そういう風にクラスタでデッキを組み分けると
より一層楽しめて、共感が得られる言葉遊びなのです。
しかし面白いことには、上記と全く逆の話で、ごく一般的な語彙のみに絞って、
おもたんをコミュニケーションツールとして間に挟めば、
年齢やクラスタの違うもの同士の間に共感を生み出すことも可能だったりします。
そこが「ことば」を遊び道具にしていることの強みだと思います。


おもたんはそれに加えて、対戦型でありながら、勝者を決める必要性のないゲームです。
勿論なんらかの明確なルールを作って勝者を決めることも出来ます。
しかし、ゲームとしては勝ち負けがあまり重要ではないと私は考えてプレイしています。


これは、共同作業だとかコミュニケーションの手段なのであって、
「新しい単語が生まれる場面に一緒に立ち会った」
とか、誰と誰が提供した単語によって新しい単語が生まれたとか、
そちらの方に楽しみを見出して欲しいと考えています。
もし、手札からどのカードを選んでも、面白い単語にならないという場合でも、
それはたまたま采配が良くなかったというだけで、プレイヤーにあまり責任はありませんし、
何か他のプレイヤーからの助け舟ともなるような斬新な発言が元で、特に面白くもなさそうだと思って
しょうがなく出したカードが、突如輝き出すなんていうこともあるのです。
それは、勝ち負けを決めるタイプのゲームでは起こりえないのではないでしょうか。


勝ち負けのためには、他の対戦者を蹴落とさなければいけない部分がどうしてもあるので、
助け舟なんて普通は出しません。
けれども、おもたんは「共同作業」ですから、自分以外の誰かのターンのときにも、
極力面白みを見つけていこう、隙あらば面白いことを発言して化学反応を引き起こそう、という動機で
ゲームが進んでいくし、そのように遊んで欲しいのです。
1ターンの中で勝者となる単語をひとつ決めたくとも、全体的に破壊力に欠けると思われることもあります。
しかし、「話題として盛り上がったから」という理由で殿堂入りする単語があるというのが、
それを如実に表しているといえます。
ですから、まだよく知り合えていないと思う相手と、打ち解けるために「おもたん」を
利用するという手もあるのです。
とにかく、おもじゃんとおもたんとの違いは、持ち運びが便利で、ルールも自由に改変できるところかと思います。


最近は私たちの間でもそれほどプレイしていませんが、また何かのタイミングが合えば
イベントやら本やら、動画やらでおもたんによる何らかの表現というのは
してみたい気持ちはありますね。
ただ、最近またテレビで「おもじゃん」が始まったようなので、私たちがデモンストレーションをする意義は
それほどなくなったかもしれません。


《ドバグエ3について》

これは、「バグったドラクエ3カセット」です。

せらさんの友達が、道端でビニール袋に入ったこれを拾いました。
そしてそれをせらさんが受け取り、半挿しとかしながらバグらせて遊んでいるうちに
かなり呪われた「ぼうけんのしょ1」が完成したので、忘年会に持ってきたという流れです。
ちなみに、せらさんは半挿しどころか、基盤部分に“まち針”を刺すという、とても残虐なプレイをしたこともあり
これは結構致命的な致命傷を与えたような気がします。(ルイーダの酒場使用不可的な意味で)


まず、始めにせらさんがこのソフトを私たちに紹介した段階で、明らかとなっていたバグは
以下のようなものでした。

・パーティは「勇者が3人」
・勇者は全員レベル0 ステータスオール0 しに状態
・常に荷物が「ひのきのぼう」で満タン
・名前がやたら長い上に起動のたびに変わる

これでは、アリアハンを出てスライム1匹とエンカウントしただけで全滅しかありえないわけです。

そして、せらさんが「誰かこれを実況プレイしてくれる人に貸すからやってほしい」というので
私が名乗り出ました。


うちにはファミコンカセットをプレイできる本体はなかったので、まずそれを買ってくるところからでした。


そして、まずは実況とか考えずに普通に家で起動してみました。
そうしたら、忘年会でやったときは普通だったのに、私が買ってきた本体だとBGMもバグりました。


その後、動画や生放送で検証を続けた結果、色々なことが判明し、また新たにバグが発生したりもしました。

まず、電源を入れるたびに勇者3人はみんなレベル0 ステータスオール0 荷物は全部ひのきのぼうで始まるのですが、
実は最後尾の勇者だけは、ステータスや荷物のデータがセーブされるということがわかりました。
前の二人は、アイテムを持たせても全てひのきのぼうで上書きされますし、経験値を得ても0にされます。
しかし最後尾だけはそのあたりのデータが引き継がれます。
これを最後の希望であると考え、最後尾の勇者を育て上げればバグったままクリアできるのではないか
ということでこれまで検証を重ねてきました。
未だにクリアはできていませんが、面白い事件は沢山起きました。
例えば以下のようなものです。

・しに状態のままキメラの翼を使うと世界の外側に出られる
 →しかし生きてるものに再度キメラの翼を使わせればアリアハンに帰れる
・キメラの翼でいける場所は電源を切ったらリセットされる
・初期ロットのカセットだったため、2コンのABボタンを同時押しするとエンカウントなし
 →強制バトルが起きる場所以外へは移動可能となる
・無駄にダーマ神殿にたどり着くことに成功するが、隊列変更をミスったままセーブエンドして
 盗賊のカギを「ひのきのぼう」に上書きされてしまう。
 しかし、何故かアイテム錬金術を身につけ「最後のカギ」など必要なアイテムを得る。
 というか生成できるようになる
・バグったまま船とラーミアをゲットすることに成功
・ルイーダの酒場でルイーダに話しかける→フリーズ
 このとき、一定確率(?)で謎のBGMが流れる
・ルイーダの酒場の2階の「登録所」でスタッフに話しかける→フリーズ
 このとき、一定確率(?)で謎のBGMが流れる
・ランシールへ行き仲間とはぐれるバグを使ったあとランシールを出ると、
 海の上に放り出される(再現性なし)

などなど、すべて動画になっているので、そちらをごらん頂くのが一番面白いと思うので
是非巡ってやってください。



特に、サントラもオススメですよ。作業の妨害に。

なんだかんだで、2008年12月に借りたソフトを、2012年になってもまだしつこく検証していますw
「ゆめみるルビーバグ」を使えば、レベル0のメンバーのレベルが上がるのかどうかとか
まだ検証しきれていないので、引き続き頑張ります!( `・ω・´)
しかもせらさんに「返してもらったところでぼくはもうやらないと思うからあげるよ」と言われました。


聞いた話によりますと、すぎやまこういち先生は、ドラクエのBGMを作曲しているだけでなく、
テストプレイヤーもなさっていたらしく、それはそれはものすごく優秀な「デバッガー」なのだそうです。
ドラクエの3はごらんの通りバグが多く、しかも色々なプレイヤーが検証を重ねて再現性を確認し、
攻略のために活用する方までいるほどなので、それらの情報を元に、この「ルイーダの酒場が使えない」という
制限プレイの中でなんとかクリアできないかと頑張ってみました。
すぎやま先生がこのバグり方を見たら、「これは知らないバグり方だ」と興味を示してくださるかもしれませんねw
その前にBGMに怒りを感じるかもしれませんがw
色々なバグ技のサイトを見ましたが、ルイーダの酒場は使える前提で書いているサイトばかりで
「ドバグエ3の攻略じゃない…!!」
ってなりましたしw


なぜそこまでクリアしたいのかというと、半分は意地、半分はバグった状態のEDを聞きたいから
だったのですが、この後者の目標に関しては、バグっていないセーブデータが入ったカセットを
丸い人さんから借りてプレイすることで達成できてしまったので、
もう後は意地しか残ってないんですけどね!!
これがバグったエンディング。


初めてのゲーム実況プレイが、まさかバグったゲームになるとは。
まぁ、普通のゲームを普通にプレイしても、普通のことしか言えないような気もするので、
私にとっては、これが一番良かったのかもしれませんけどね……。


2008年は、ドバグエに翻弄されながら終わっていきました。
ちなみに、ドラクエ3をプレイしたことのある5月病マリオさんにかなり攻略で手助けしてもらいました。
2コンのABボタン同時押しでエンカウントなくなるかも!とか教わりました。
アイテムが突如別のものに変わったときも、アイテム番号表見つけてきてくれたしw
マリオさんは、……5月病の勇者だ!!