最近、コードギアスをまた見直していたんですよ。
劇場版を半端に見た状態で、「復活のルルーシュ」を結局見ていなかったので、いよいよそこまで追いかけようと。



dアニメのリンク
コードギアス 反逆のルルーシュ(全25話)
コードギアス 反逆のルルーシュR2(全25話)

コードギアス 反逆のルルーシュ 興道(全1話)
コードギアス 反逆のルルーシュ 叛道(全1話)
コードギアス 反逆のルルーシュ 皇道(全1話)
コードギアス 復活のルルーシュ

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2017年にふと思い立って見たら止まらなくなって50話ほぼ一気観するハメになったときのブログ記事。
【アニメ】願いとは、呪い……『コードギアス 反逆のルルーシュ』
その日、偶然にも劇場版三部作の第1作が公開される日だった。
それで第1作をすぐ劇場に見に行ったんだった。

それからあっという間に3年経ち、「復活のルルーシュ」も公開されてから1年経過してしまった。
結局劇場には行かなかったし、dアニメで見よう! ってことでテレビシリーズ全部見返して、
劇場版3部作も見て、ついに「復活〜」にたどり着いた。
「復活〜」だけはレンタル作品で、別途料金がかかるやつだから、腰を据えて見たいじゃん?
そんなわけでよく復習してから臨んだ!

TVシリーズ、R2のラストが切なく、哀しく、それでいて美しい、稀に見るカタルシスのある終わり方なので、
ルルーシュが「復活」してしまって大丈夫だろうか? みたいな不安は私以外にも感じる人はいただろう。
例えば、「遊戯王」のラストでも
アテムに現世にしっかり復活してもらって遊戯とただの日常を送って幸せな一生を過ごして欲しい
という願望と、アテムは冥界に行き、もう二度と現世には蘇らないから美しいのだという感覚の
ふたつの気持ちがせめぎ合うでしょう。
コードギアスの場合もルルーシュはここで全てのヘイトを引き受けて死ぬから、世界は平和になるのだ
それが悲しいけれど美しいのだ……というところがあるわけで。
尚、遊戯王の場合は劇場版DSODで一瞬だけアテムが現世(というか次元領域)に現れて、
遊戯たちの世界を救うんだけど、セリフが一言もなく、また冥界に帰っていくのだよね。

で、「復活のルルーシュ」の方は、ルルーシュが父シャルルからコードを奪い取っていて、
実は不死身の肉体を手に入れていた、しかしCの世界が機能不全を起こしているために、
肉体はあれど精神が宿っていないという状態からスタート。
それを、C.C.が
「自分のわがまま」
のために介護しながら旅を続けて、まだ破壊されていないCの世界に繋がるゲートのうちのひとつへたどり着き、
ルルーシュの精神をCの世界から回収する。
だから、本当に「現世にルルーシュが復活する」ところから始まるのだ。
そして、この時点では、ルルーシュの鎖骨の上にコードが顕れているものの、
まだ完全な「不老不死」ではないらしく、「絶対遵守のギアス」の能力を発動させられる状態だ。

C.C.のわがままというのは、自分がどうこうしたいというより、
「平和になった世界のどこにもルルーシュだけがいない。ルルーシュにはスザクやナナリーたち、
失わないで済んだ人々と新たで幸せで平和な人生を送ってほしい」
ということだったのだと思う。

また、Cの世界にまた精神を取り込まれて、帰ってこられなくなりそうだったルルーシュとナナリーを、
「集合無意識」が救ってくれるような感じ。
シャルルとの戦いの時に、集合無意識にギアス(願い)をかけた時、集合無意識が選んだ世界は
シャルルの世界ではなくルルーシュの世界だったように。
「また”お前達”に救われる」
というのは集合無意識がルルーシュとナナリーをCの世界から戻す力添えをしてくれたということではないかと思う。

そして、全てを解決し、Cの世界から戻ったルルーシュは、ナナリーとスザクには別れを告げ、
C.C.と旅する道を選ぶ。
「名前はルルーシュ・ランペルージから取って、L.L.(エルツー)ではどうか」
これは、C.C.の「わがまま(ルルーシュにはナナリーたちと幸せに暮らしてほしい)」をきくのではなく
「本当の願い」である、「たった一人でいいから対等な相手が欲しい」に応えることなのだと思う。
また、ルルーシュがR2で唯一果たせなかった約束「C.C.を必ず笑わせてやる」を果たす瞬間でもあった。
C.C.が未だ嘗て見せたことのない笑顔を見せて、2人は旅立ち、終劇……!
エンドロール後には、森の中で「魔王と魔女としてギアスを授ける2人の姿!?」みたいなカットがあって、
「願いを叶える力を与えてくれる、不老不死の魔王と魔女伝説の始まり」みたいな感じ。
残酷な永遠という苦い毒を食らう覚悟を決めたから、共に生きよう……!


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そもそも、「復活のルルーシュ」はテレビ版最終話、つまりR2の25話の続きではない。
劇場版掘峭墜察廚梁海だ。
だから、シャーリーが生きている「IF世界・ルート」のような感じ。
まぁシャーリーが生きているとしても、彼女の「恋」は上記の通りだから実らないのだけど、
ラストにルルーシュからの連絡を受けて泣きながら喜んでいるようなイラストがあるので、
「これはこれで良かったね」とはなるw 2重にw
というのはシャーリーがテレビ版の方で死ぬときって、警察の保護を振り切って危険なところに踏み込んで
まんまと殺されるという「足を引っ張るヒロインムーブ」だったところもあるから。
(それをルルーシュには制御出来なかったというところこそが「悲劇的」なのだけど。
悲劇とは、自分ひとりの力でどうにも出来ない不幸に見舞われるというのが前提だと思うので)
そのムーブしないというだけでも
「余計なことしなければいいのに……」
感は薄れる。
しかしそれと同時に「シャーリーという人間」の味も薄まるのだがw
シャーリーの死の前の
「私はもうとっくに許しちゃったよ」
というスザクとのやり取りとかはかなり重要な気がするし。

そんなわけで劇場版ではシャーリーは生存ルートを辿っている……にも関わらず、
「復活〜」でそこまで取り沙汰されるシーンはないので、テレビ版では死んでいたことを踏まえた場合には
「ラストに連絡もらって喜んでいるのが印象に残る」程度のポジションに収まってしまった感じはある。


でも、この映画は本当に、記事表題に書いた通り
「正妻のC.C.」が正題なのではというくらい、ルルーシュというよりC.C.のための映画だから。
シャーリーもカレンも「サブヒロイン」だということの確認作業というかね。しょうがないね。

オープニングテーマである「この世界で」がC.C.からルルーシュへの歌。
そしてエンディングの「リバイブ」がルルーシュからC.C.へのアンサーソングなのだというから、
このリンクから歌詞を見てもらえれば。

この世界で
リバイブ

どこのサイトもリバイブの「愛しているから」のところ「ら」が抜けて「愛しているか」になっているけど
「この世界で」が”おねがい 私を見つめていて”
「リバイブ」が”やっと目覚めたんだ 愛しているから もう迷わない”

ルルーシュは、シャルルが思考エレベーターでC.C.を殺そうとした時、
「そいつは、俺の……! 俺の……!!」
と叫んでいて、「WHAT(何なのか)」が言えていないんだけど、そこにどういうことばが入るのかっていうのが
あまり重要ではないというか、既存のことばで言えない関係というかだよね。
C.C.は「共犯者」ということばを使っているけど、周りからは「愛人」と揶揄されることもあるし、
でも、多分お互いにとって「唯一対等な相手」というしかなくて一言で表す的確なことばが存在しない、みたいな。
C.C.は死にたいのに死ねない人生を長い間(数百年とか)繰り返して来てるわけだけど、
それには「ギアスを与えた相手が惰弱で、不老不死の力を得るレベルまで到達出来ないケースが多い」
もしくは「ギアスの力を与えたことで恨まれる結果になる」のと、よしんば不老不死の力を得るところまで育成出来ても
「情が移ってしまって不老不死の呪いを押し付けることをC.C.が選べない」のが原因の大半だったと思う。
そういう中で、「自分の人生と命そのものを賭してでもやり遂げる価値があること」を見出していて、
あとは「力」があればそれを実行するのみという信念を持つ人間としてルルーシュを見つけ、
ルルーシュもまた「力を授かったことに関してC.C.には感謝しかしていない」。
だから「そんな男はお前が初めてだよ」と。


と、ここで大変可哀想になってくるのがスザクである。
スザクも、ギアスの力は持っていないにせよ、ルルーシュにすれば
「唯一無二の友人、頼るべき先」であった。
だから、ふたりでゼロ・レクイエムを完遂させた。
そこにおいて、ふたりは対等な仲間であったし、唯一ゼロ・レクイエムを成功させられるバディだったわけだ。
スザクはルルーシュから「仮面のヒーローとして生きろ、人並みの幸せもすべて世界のために捧げろ」という
「ギアス(呪い)」を受け取っている。
それは、ルルーシュが命を賭すこととトレードオフにしたはずだった。
ルルーシュだって「どうせ殺されるならスザクの手で死にたい」からそうしたんだと思う。

なので、ルルーシュが戻ってきて一番複雑な思いに駆られるのはスザクとスザク推しの視聴者であり、
ただでさえそうなのに、「復活〜」ではスザクは捕縛され拷問を受け、
復活したルルーシュをボコ殴りにし、そのあとで改めて喜びを伝え、最後にはゼロになることを断られ……w
ラストの各サブキャラクターたちのカットの中で、ネコと一緒に立つ、ゼロの姿のスザクは、
「ギアスの力を持っていないのに」誰よりも孤独だった。
ルルーシュとしては、スザクの元にはナナリーを置いてきたから、
「自分の望む世界の姿」に出来てはいるのかもしれないけどw
もうスザクは、「どうしてももう無理、生きろというギアス解除して欲しい」と思ったら
オレンジ君を頼るしかないw


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そんなこんなで映画を見終わったら、偶然にもルルーシュの誕生日だった。
ツイッターで「ルルーシュ」がトレンドに上がってて、「えっ、なんで!?」と思ってしまった。
誕生日なんか意識してなかったw



そして、誕生日ってことで新しいグッズの発売発表や、新プロジェクト発表会なる生放送などがあった。



かるたとダーツ……ww

新プロジェクト発表会はこれ


スマホ用ゲームが2021年春リリース、また「奪還のゼット」というテレビアニメシリーズ製作の発表。
「復活のルルーシュ」の4DX上映(2021/1/29〜)などの告知があった。

スマホゲーかアニメの発表かなって思ってたら両方だったw
「奪還のゼット」は「復活のルルーシュ」の後を描くそうなので、「IFルート」だと思っていた時間軸で
そのまま続きが作られるとな!? とちょっとびっくりw
「ゼット」とはゼロ(Zero)のことだろうか。だとしたらメインキャラはスザク?
それとも、全く新しい「ゼット」という名前のキャラクター?
「復活〜」のラストには、「ギアスの欠片」というのが世界中に飛び散って、C.C.はそれを「回収してまわる」と言っていた。
なので、「ギアスの欠片」という概念次第では、スクライドのように「異能バトル寄り」になる可能性もあるのかな。
「そもそもギアスの力なんてもの自体、存在しなければこんな世の中じゃないのに!」
みたいな人が出てくる展開もありうるからなあ。

コードギアス自体は、今までに「反逆のルルーシュ」から始まり「亡国のアキト」のように
「○○の××」という作品を色々出していて、平行世界や別時代の人物を取り上げて
「コードギアスユニバース」を作ろうしているようなので、
(今回の放送の中で、監督インタビューシーンがあり
「ガンダムのように広がりのある世界へ」と話されていたし)
「奪還のゼット」は脚本・監督が一新されての「Next 10years project」とのことだ。

しかしあまりにも、ルルーシュのキャラクターが魅力的すぎて、「コードギアス」という世界の
設定や世界観を生かしても、「反逆のルルーシュ」を超える物語や人物って出てくるの!? という疑問が湧いてしまうなw
ルルーシュがいてこそのコードギアスだったと思うので、ルルーシュを切り離すとそれだけコードギアスが
コードギアスではなくなってしまいそうな不安感というか。
これは例えば「ガンダムはやはりファースト」「遊戯王はやはりアテム」「PSYCHO-PASSは1期」「スターウォーズは4・5・6」みたいに、
長く続いているシリーズなんだけど、やはり「始祖が至高」ってなりがちなやつ。
始祖が素晴らしいから、シリーズが続いていくというのはあるだろうしね。
「奪還のゼット」にはどのくらいルルーシュが絡むのかなというのも気にはなるけど、
別に、面白ければそれで良いなとも思う。
とりあえず続報に期待!