モンスターハンターXX(ダブルクロス)公式サイ


確か、クロスの感想は、総括として書いたことがまだなかったので、この機に文章に起こしたいので書いてみます。


(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)


Xをやっていた頃(2016/1/16)、このまとめを見ました。




私はこの人達の意見も、よーーーくわかります。
正しいとか正しくないという話ではありません。
気持ちが理解できる。言っていることが、心情が、理解できる。


けれど、同時に私には、モンハンが面白いという話も出来ます。

そこで、このまとめを見た後、私が思うモンハンの面白さをツイートしたのでした。以下のように。

































こういうのが、私がモンハンやっていて「面白いな」と思っているポイントです。
それでもやはり、「モンスターを倒す意味が見出だせない」「モンハンを楽しめない」という人たちの気持ちも、その理由も、
尤もだと思うところもあるわけです。
だって、沢山のモンスターを、(最大4人とはいえ)囲んでタコ殴りにしていると、
相手がどんなに凶悪なやつでも、可哀想に見えてきますよ。


それで、Xのエンディングのことが頭をよぎります。
村の緊急クエを最後までやり遂げると流れる映像と音楽。
すごく楽しそうで、しかもその映像の中では、あれだけ凶悪で憎たらしい動きをしたモンスターたちが総出で、
「あたかも、今は村の人達と共存出来ている」かのように描かれています。
和やかな映像と音楽。ネコ嬢の踊りに癒される……。モンスターもリズムに合わせて踊りますし。

それで、プレイヤーにはそれぞれ、「このモンスターは戦っていて楽しい」とか、
逆に「こいつだけは許さん」とか色々な”思い入れ”があるはずなんです。私にもあります。
でも、普通、飽く迄「敵」としてなんですよね。
好敵手かそうでないか、という。
(稀に「デザイン・動きが可愛い」というウケ方をするのもいますが…)
だって、ゲームをクリアまでやっても、エンディングの映像がそういう和やかな雰囲気になっているだけで、
ゲームの中ではずっと、「殺らなければ殺られる」状態のままだし…。
ゲームが「和解」で終わったから、和やかに皆が踊るエンディングが流れるというわけではないんですよ。

でも、もしあーいう風にモンスターと人が「共存」出来ていたら、”思い入れ”の形も変わるのではないか、というのが
「モンスターハンターストーリーズ」というRPGが出したひとつの答えなのかな、と今は思います。
ただ、Xのエンディングを見たとき私は、
「沢山のモンスターを、”殺らなければ殺られる”という理由で滅殺しまくったけど、
モンスターにとってもそれは”仕込み(やられ役の自覚がある)”で、誰もがただ同じ舞台の上にいた役者なのでは」
という解釈もアリなんだと思いました。
よくこのブログの記事で取り上げていますけど、ディズニーピクサーのアニメのスタッフロールで、
「NG集」の映像があって、「悪役も役者さんだっただけで本当に悪いわけじゃないし、最後死んでないんだ」みたいな、
ネタバラシのようなのがあると、悪役がやられたときに「ざまあみろ」と思ってしまった自分の心が救われます。
勧善懲悪のストーリーでも、こういうのって大事なのかも! と気が付きました。
悪を懲らしめる為なら、なんでも許されるわけではないので。
だからモンハンでも、「殺らなきゃ殺られる」という理由だけで、クエストに行かなければ出会うこともないモンスターを
こっちから殺しに行く”作業”に対して、意味が見出だせなかったり、可哀想になったりする人の気持ちは
「これがゲームという意味でこの現実世界で虚構なのではなく、ゲームの中においても虚構」
というのは救いになるのかもしれません。


そう思えたのは、単にXのエンディングが和やかだったからだけではありません。
Xの「ラスボス」である「オストガロア」が、「龍の墓場」に現れる亡霊の寄せ集めみたいだったからです。

オストガロアは、これまでに我々が倒してきた様々なモンスターの躯(むくろ)を墓場から漁り、
それを触手の先に装着している間は、そのモンスターのアビリティを発動します。
(正面から音爆弾を投げると解除できる)
そしてここが「龍の墓場」であることから私は、オストガロアは、これまでの、大した理由もなく
殺されまくった過去のモンスターたちの、無念の魂の集合体
のようなモンスターなのでは、と思いました。
(ゲーム内でクエストを受ける時に一応、「誰を何故討伐するのか」が書いてあるけどしょーもないのもいっぱいあるので)
過去のモンスターというのは、Xの他のクエストではなく、
これまでのモンハンシリーズ全ての、です。
何故イカ的な形態なのかわかりませんがw
大王イカ流行ったからかな……

まぁなんにせよそう考えると、私達がオストガロアに対して本当にするべきだったことは、
「成仏させる」ことなのでは……。
結局、力でねじ伏せる形になるのが、私としては残念でした。
だから私は、せめて
「一見、力でねじ伏せているように見えるけれど、過去の大量殺戮されたモンスターたちの成仏のための戦い」
と内心、思うことにしましたw
オストガロアの「体(目に見えている部分)を破壊することで、魂が解き放たれて……みたいなw
Xには復刻モンスターが沢山いることの意味にも繋がります。

そしてエンディングでは、前述の通り、「すべて(モンスターを殺したことも)が虚構だった」と思うこととあわせて、
「モンスターを倒す意味を見出だせない」自分の気持ちを救いました。


モンスターを倒すことしか、ほぼ内容のないゲームだからこそ、余計にこういう疑問(何故倒すのか)にぶちあたるのです。
「モンスターを倒してどうするの? → もっとモンスターを倒します」っていうゲームなので。
もしRPGならば、道中で敵が出るとしてもそれがゲームの全てではないですからね。
でもモンハンではそれが全てみたいな感じが強いんですよ。
Xでは、上記のふたつの点から、
「虚構であることはモンスターにもわかっているから大丈夫」だし、
「これまでに殺してしまったモンスターの魂を解放する」ことも出来る、と考えられて、
より「ゲームのゲームたる部分をゲームとして割り切れた」ような気がします。
つまり、単にコミュニケーションツールとしてモンハンを人々と一緒に遊ぶ際には、
システムやプレイスキルのことだけに集中して愉しめば良いし、
それ以上のことを考えてしまうとしても、それはそれで別途考えることはできる、と。
製作者がどこまで意図したかはわかりませんが。
もし、私が感じたことが、製作者の意図通りであるならば、こういう演出をありがとう、と思います。


え、システムとかモンスターの話ですか…。

ニャンターはすごくよかったです。便利です。
ただ、採集にばかり使っていたので、「ニャンターで戦う」のは、まだうまくなってません。
ちゃんと使いこなせば、戦闘でもかなり便利ですよね。

あと、新モンスターは全部好きです。
特に好きなのはガムートちゃんです。
XXではベリオロス復活するみたいですね。あと、ディアブロスの二つ名……。( ˘ω˘)ウーム
二つ名は全部は消化しきってないなぁ。5くらいから一人二人ではかなり辛くなるので。


あーそれで……XXなんですけど、Xのニコ生配信のときに、無理やりWEBカメラ配信をしていたのは
見ている人にも絶対辛かったと思うので、XXはホント、どうせやるなら映像・音声のライン出力がしたいです…。

それで、偽トロキャプチャについて一応調べてみたんですけど(存在は前から知っているけどやりたくなかった)、
調べれば調べるほど、やっぱりやりたくなくなったので(w
任天堂の新ハード「スイッチ」で、XXが発売になって、それがPC画面に映像出力できればいいのになぁ……
と思っています。
XXの発売が来年3月ですけど、とりあえず3DSソフトとして出されると思うので、仮にスイッチ版が出るとしても、
同時発売にはならないかな、と… とにかく全然期待はしていないのですがw
せっかくXからデータ引き継ぎが出来るので、XX自体はやりたいのですが、
3DS改造したくないし、でも映像をラインで出したいし、どうすればあああああああという状態です。
3DSソフトをスイッチで出来ればいいのになぁ……。
GCにGBAアクセサリがついたように、後から追加で付属品が出るのかなぁ。