GW中にアイアンマン3を観たいと思い、まず2をレンタルしてきた。
前作である、アイアンマン の記事
前作である、アイアンマン の記事
(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)
アヴェンジャーズをアイアンマン1よりも先に見てしまっているせいで、本来とは逆の順序で繋がっていくシーンも多かった。
ほら、ロシアの女性スパイとか。アヴェンジャーズで先に見ちゃってたけど、
どんなキーパーソンかとしばらく思い出せずに観ていて、途中で「あぁ、あの人か!」となったw
すぐにピンと来るほどはアヴェンジャーズの記憶もクッキリとはしてない。
やっぱり2度3度見ないと覚えられないことがあるな。
それはともかく、ヒーローモノにおいてはテーマとかコンセプトとか、軸にする話の筋などがその都度設定されていると思うのだ。
敵がどういう人なのかということとも関係してくるのだが。
黄金パターンのようなものがあって、まず1作目で能力に目覚める。
次に2作目で過去と対峙することになり、3作目では現在の自分の別の側面などと戦うことになったりする。
(スパイダーマンなどはその流れだったように思う)
アイアンマンもここまでの流れがそのルートに沿っている感じがした。
ルートだと決め付ける必要はないのだが、2では「過去に学び、過去と闘う」というのが、今回私なりに掴んだテーマだった。
勿論パート1では、「突如陥った窮地から脱する為に能力を開花させ、“正義の味方”としての地位を確立するまで」を描いていたように思う。
しかし、ヒーローモノというか、現実でもそうなのだが、必ず再び窮地はやってくるし、その内容は同じとは限らない。
むしろ大抵は前よりも更に大きく困難な試練が立ちはだかることになり、そこでもし主人公が完全に挫折してしまうことになれば
その作品は「ヒーローモノ」の地位を失ってしまうことだろう。
だからこそ作品としても、それを再び乗り越えていくところを描かなければならない。
そしてまたちょっと黄金パターン的な話になってしまうが、ふいに陥った窮地の次に立ちはだかるのは
主人公の「過去」や、主人公の知らない「歴史」である。
父から愛情を受けられなかった(と本人は思っている)トニーだが、おそらく彼と同じく天才にして
同時に不器用であった父は、わが子に遺すものがエキセントリックだった。その遺し方も。
だがそれは、親子だからこそ紐解けるものでもあり、そこでトニーは過去と対峙し、ひとつの絆を見出した。
ところでアイアンマンは、ヒーローにも色々な性格のヤツがいるっていうことを、強く思い知らされる作品である。
トニーがだいぶエキセントリックな人物だからだ。
色々な「世を忍ぶヒーロー」が存在する中で、彼は飛びぬけて派手好きで目立ちたがりだし、ナルシストな一面を持っている。
ヒーローとしてこの性格は一風変わっているし、人間としてもだいぶズレているところがあるように見える。(そこも魅力なのだろうが)
真の理解者にはなかなか巡り合えないタイプなのだ。
憧れの的となりやすい反面、反感を買って敵を増やすこともあるだろう。
(まぁ大抵その場合の敵というのは、ハマーのように当人自体は能力的に劣るので、脅威的な存在ではなく、
単に嫉妬や、相手を蹴落としてでも成り上がりたいという欲にまみれた人物である)
こういった一風変わった人物が、黄金パターンの「過去との闘い」に身を投じなければならなくなったときの
行動や思考というのが私にはとても興味があって、映画の冒頭ですでに「今回のテーマは過去のようだな」と思った時点で
葛藤や挫折感にトニーならどう立ち向かっていくのかということには目を向けずにいられなかった。
人間誰だって、今を生きているがそれは過去を礎にせずには不可能なものだからだ。
「過去」と向き合う必要がないとか、「過去」と向き合うのが怖いと思うことが、すなわち今の足元を揺るがすことがある。
果たして彼は・・・落ち込むと言うより、自棄になったww
もちろん「どうすればいいのか」をずっと考えてはいただろうし、それと同時に手詰まり感もあって苦しんでいた様に思う。
しかし、それは彼のプライドや主義として、率直に表に出せないものであるし、
かといって「時間の問題」であることも事実だったのでそろそろ避けては通れない。
トニーは、とりあえず・・・「今出来ること」に目を向けてみたり、
実際それを行動に移してみたりするが(ペッパーを突如社長に就任させるなど)、それだけでは問題の根幹はなかなか解決できない。
だがしかし頼る相手もない。
それに加えて彼は、能力も人より秀でていて同時にプライドが高いので頼りたいとも思っていないのだ。
一人で闘うヒーローや、戦隊のリーダーはこういった葛藤に陥ることがある。
本人には、どうすればいいのか仮にわからないとしても、頼ったところで誰かに教えてもらえるとも思えない。
周囲を見下しているわけではないのだが、頼っても解決しないだろうという答えが先に浮かんでしまう。
それに何より自分で解決したいという思いが強い。責任感や使命感とはそういうものだ。
だがそのせいで、特に窮地においては視野が狭くなって更なる窮地に陥ることがあったりする。
トニーのような性格だとそれは尚更だと思うのだ。
(余談だが、作品を作るとき、「自分ならどう考え、どう行動するか」でキャラクターを作っても
それは作者のクローンが作中に何人も登場するだけになるので、「このキャラクターならどうするか」が肝になってくるし、
それは真剣に考えると言うより、作品作りの中で自然と「キャラクターがそう動いた」と言う風にして
設定されていくものでなければ違和感を生むと、私は思っている。)
そこで彼は一人で闘い、一人で悩んだ。
ヒントを提示してくれたのはアヴェンジャーズの面々なのだが、提示されたヒントこそ「過去」であり「歴史」であった。
そして、彼が闘うべき相手も「過去」なのである。
今回のラスボスとトニーは、「2世同士」の関係にある。
有能な父をそれぞれが持ち、しかし、その父たちが過去に主義・思想の相違から袂を分かっている。
その因縁対決が今回のテーマということ。
だからこそ、今回はトニーは「温故知新」しなければいけなかった。
敵のイワンも同じような「過去」というヒントや歴史を持っている人物であり、知識だけでなく技術の面でも
トニーの「現在」に追いつこうというところまで来ている。
それに打ち勝つ為には、トニーが抱えてきた問題を全体的に一歩前へ進めなければいけない。
心臓の代わりを果たしている動力機関・動力源が彼の体を蝕んでいる問題。
父のことを愛情の薄い人物だと決め付けて生きてきた問題。
窮地を前に人を頼れない問題。
自棄を起こすと衝動性に任せて行動してしまう問題などなど・・・。
もちろん、それらが綺麗サッパリ全部、完全解決となるほど人生単純ではないし、映画だってそうである。
(でもフィクションの世界でくらいは、スッキリしたい! エンターテイメントだもの!!)
けれど、「温故知新」により動力源にしている元素の代わりを新たに作り出すことに成功、
そして最終戦では、一度は喧嘩をした親友ローズとの協力によって敵を滅ぼすという形に収まる。
問題を一歩前に進めることは出来た結末だったと言える。
こういったスッキリ感が、このジャンルの映画を観たときの「読後感」として最も気持ちの良い要素と言えるかもしれない。
プライドや照れや焦燥感が何度も邪魔をするのだが、それを上回るカリスマ性を今回も見せてくれたのが良かった!!
ジャスティン=ハマー役の「サム=ロックウェル」という名前に見覚えがあったので、出演作品調べたら、
マッチスティックメンの「フランク」だった!!!w あの、あいつか!!!!
3は近日中に映画館で観たい。楽しみ。楽しむ。
アイアンマンは「質量のあるアクション」が見られるのもいいね!
アヴェンジャーズをアイアンマン1よりも先に見てしまっているせいで、本来とは逆の順序で繋がっていくシーンも多かった。
ほら、ロシアの女性スパイとか。アヴェンジャーズで先に見ちゃってたけど、
どんなキーパーソンかとしばらく思い出せずに観ていて、途中で「あぁ、あの人か!」となったw
すぐにピンと来るほどはアヴェンジャーズの記憶もクッキリとはしてない。
やっぱり2度3度見ないと覚えられないことがあるな。
それはともかく、ヒーローモノにおいてはテーマとかコンセプトとか、軸にする話の筋などがその都度設定されていると思うのだ。
敵がどういう人なのかということとも関係してくるのだが。
黄金パターンのようなものがあって、まず1作目で能力に目覚める。
次に2作目で過去と対峙することになり、3作目では現在の自分の別の側面などと戦うことになったりする。
(スパイダーマンなどはその流れだったように思う)
アイアンマンもここまでの流れがそのルートに沿っている感じがした。
ルートだと決め付ける必要はないのだが、2では「過去に学び、過去と闘う」というのが、今回私なりに掴んだテーマだった。
勿論パート1では、「突如陥った窮地から脱する為に能力を開花させ、“正義の味方”としての地位を確立するまで」を描いていたように思う。
しかし、ヒーローモノというか、現実でもそうなのだが、必ず再び窮地はやってくるし、その内容は同じとは限らない。
むしろ大抵は前よりも更に大きく困難な試練が立ちはだかることになり、そこでもし主人公が完全に挫折してしまうことになれば
その作品は「ヒーローモノ」の地位を失ってしまうことだろう。
だからこそ作品としても、それを再び乗り越えていくところを描かなければならない。
そしてまたちょっと黄金パターン的な話になってしまうが、ふいに陥った窮地の次に立ちはだかるのは
主人公の「過去」や、主人公の知らない「歴史」である。
父から愛情を受けられなかった(と本人は思っている)トニーだが、おそらく彼と同じく天才にして
同時に不器用であった父は、わが子に遺すものがエキセントリックだった。その遺し方も。
だがそれは、親子だからこそ紐解けるものでもあり、そこでトニーは過去と対峙し、ひとつの絆を見出した。
ところでアイアンマンは、ヒーローにも色々な性格のヤツがいるっていうことを、強く思い知らされる作品である。
トニーがだいぶエキセントリックな人物だからだ。
色々な「世を忍ぶヒーロー」が存在する中で、彼は飛びぬけて派手好きで目立ちたがりだし、ナルシストな一面を持っている。
ヒーローとしてこの性格は一風変わっているし、人間としてもだいぶズレているところがあるように見える。(そこも魅力なのだろうが)
真の理解者にはなかなか巡り合えないタイプなのだ。
憧れの的となりやすい反面、反感を買って敵を増やすこともあるだろう。
(まぁ大抵その場合の敵というのは、ハマーのように当人自体は能力的に劣るので、脅威的な存在ではなく、
単に嫉妬や、相手を蹴落としてでも成り上がりたいという欲にまみれた人物である)
こういった一風変わった人物が、黄金パターンの「過去との闘い」に身を投じなければならなくなったときの
行動や思考というのが私にはとても興味があって、映画の冒頭ですでに「今回のテーマは過去のようだな」と思った時点で
葛藤や挫折感にトニーならどう立ち向かっていくのかということには目を向けずにいられなかった。
人間誰だって、今を生きているがそれは過去を礎にせずには不可能なものだからだ。
「過去」と向き合う必要がないとか、「過去」と向き合うのが怖いと思うことが、すなわち今の足元を揺るがすことがある。
果たして彼は・・・落ち込むと言うより、自棄になったww
もちろん「どうすればいいのか」をずっと考えてはいただろうし、それと同時に手詰まり感もあって苦しんでいた様に思う。
しかし、それは彼のプライドや主義として、率直に表に出せないものであるし、
かといって「時間の問題」であることも事実だったのでそろそろ避けては通れない。
トニーは、とりあえず・・・「今出来ること」に目を向けてみたり、
実際それを行動に移してみたりするが(ペッパーを突如社長に就任させるなど)、それだけでは問題の根幹はなかなか解決できない。
だがしかし頼る相手もない。
それに加えて彼は、能力も人より秀でていて同時にプライドが高いので頼りたいとも思っていないのだ。
一人で闘うヒーローや、戦隊のリーダーはこういった葛藤に陥ることがある。
本人には、どうすればいいのか仮にわからないとしても、頼ったところで誰かに教えてもらえるとも思えない。
周囲を見下しているわけではないのだが、頼っても解決しないだろうという答えが先に浮かんでしまう。
それに何より自分で解決したいという思いが強い。責任感や使命感とはそういうものだ。
だがそのせいで、特に窮地においては視野が狭くなって更なる窮地に陥ることがあったりする。
トニーのような性格だとそれは尚更だと思うのだ。
(余談だが、作品を作るとき、「自分ならどう考え、どう行動するか」でキャラクターを作っても
それは作者のクローンが作中に何人も登場するだけになるので、「このキャラクターならどうするか」が肝になってくるし、
それは真剣に考えると言うより、作品作りの中で自然と「キャラクターがそう動いた」と言う風にして
設定されていくものでなければ違和感を生むと、私は思っている。)
そこで彼は一人で闘い、一人で悩んだ。
ヒントを提示してくれたのはアヴェンジャーズの面々なのだが、提示されたヒントこそ「過去」であり「歴史」であった。
そして、彼が闘うべき相手も「過去」なのである。
今回のラスボスとトニーは、「2世同士」の関係にある。
有能な父をそれぞれが持ち、しかし、その父たちが過去に主義・思想の相違から袂を分かっている。
その因縁対決が今回のテーマということ。
だからこそ、今回はトニーは「温故知新」しなければいけなかった。
敵のイワンも同じような「過去」というヒントや歴史を持っている人物であり、知識だけでなく技術の面でも
トニーの「現在」に追いつこうというところまで来ている。
それに打ち勝つ為には、トニーが抱えてきた問題を全体的に一歩前へ進めなければいけない。
心臓の代わりを果たしている動力機関・動力源が彼の体を蝕んでいる問題。
父のことを愛情の薄い人物だと決め付けて生きてきた問題。
窮地を前に人を頼れない問題。
自棄を起こすと衝動性に任せて行動してしまう問題などなど・・・。
もちろん、それらが綺麗サッパリ全部、完全解決となるほど人生単純ではないし、映画だってそうである。
(でもフィクションの世界でくらいは、スッキリしたい! エンターテイメントだもの!!)
けれど、「温故知新」により動力源にしている元素の代わりを新たに作り出すことに成功、
そして最終戦では、一度は喧嘩をした親友ローズとの協力によって敵を滅ぼすという形に収まる。
問題を一歩前に進めることは出来た結末だったと言える。
こういったスッキリ感が、このジャンルの映画を観たときの「読後感」として最も気持ちの良い要素と言えるかもしれない。
プライドや照れや焦燥感が何度も邪魔をするのだが、それを上回るカリスマ性を今回も見せてくれたのが良かった!!
ジャスティン=ハマー役の「サム=ロックウェル」という名前に見覚えがあったので、出演作品調べたら、
マッチスティックメンの「フランク」だった!!!w あの、あいつか!!!!
3は近日中に映画館で観たい。楽しみ。楽しむ。
アイアンマンは「質量のあるアクション」が見られるのもいいね!
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