そりゃどうしても1や2と比べてしまう。
どちらもリアルタイムにプレイした作品だから…。
そして1+2が出たときもすぐに買って1周ずつしたから…。

だからどうしても比較してしまうけど…2と3は密接な繋がりがあるから
切ろうとしても切れないのはもうしょうがないとも思う。

以下、ネタバレがあります。


世界は…
広くはなかった。

これまでの二作品みたいに、不思議な力を持った子供たちが広い世界に出て行って
それを救うために冒険する、というのとはちょっと違った。

結果的にその世界を守ることにはなるのだけど、その世界は広くない。
本当ならば一緒に冒険していそうな不思議な力を持つ双子の兄は、敵だ。


でもそれは凝縮された世界で…お母さんが死んでしまうところから物語が始まるのや
双子の兄が敵であるというようなダークな要素も、MOTHERの世界そのものだった。




マザーといえば、マジカントとフライングマン。

1ではマジカントはクイーンマリーの心の世界。
2ではネスの心の世界だった。
そしてフライングマンはいつでも、主人公を守る為に命を投げ出してついてくる戦士。
彼らを癒すことはできない。回復魔法をかけたり、アイテムを使ったり出来ないのだ。
ただ彼らが死んでお墓に埋めて貰うまで、一人ずつついてきてもらうことしかできない。
とても切ない。


その二つが今回はなかった、ように見える。

しかし、私には、マジプシーたちがその化身であったようにも思える。


マジプシーの家はピンクの巻貝の形をしている。
あれはまさにマジカント(1)の家だし、マジプシーの人数はフライングマンの人数と同じ。

それに、マジプシーたちの形見「ひげそりとくちべに」は、持ち主が戦闘で「いしきふめい」になったとき
カムバックさせてくれるアイテムだ。

彼らは針を守っているが、ついにそれが抜かれるときが来て消滅してしまう。
その運命を彼らは最初から受け入れている。
その姿が、フライングマンそのもののように見えて、私の中でマジプシーにあの勇敢なる
フライング戦士たちの姿が重なって、マジプシーが消えていくたびに切なくなった。


形は変わっても、きっと伝えたい気持ちが一緒なんだな、って思った。
だからやっぱりこの作品も、マザーなんだ。紛れもなくマザーなんだ。
待ちわびていたあの世界なんだ。私が待っていたのはこの感覚なんだから、って
マジプシーとのやり取りを見ながら思った。

ただ、マジプシーというキャラクターそれ自体はとてもオカマじみていて
フランクだし、コミカルだった。
でもマジカント(1)の住人には性別とかはなかったとおもうから近いものはあるよね。

もしかして、あのノーウェア島がマジカントで、オソヘ城はクイーンマリーの城という
そういうオマージュ的なものなのかな〜。
ノーウェア島は「せかい」が滅んでも残ったとくべつな場所だったらしいし…
だとすると、タツマイリの「祈り場」はなんだろう?




リダが「せかい」の記憶を話すとき、私は「ザ・ギバー」を思い出していた。
記憶を受け継ぐもの。
新しい理想社会の為に、それまでの記憶をすべてみんなの代わりに背負う使命を持ったリダ。
それはまさにギバーの姿だ。
ただ、記憶装置としてのハミングバードは結局大事そうに見せておいて、
アイテムとしては何の役割も果たさなかったけれど…




最後のマジプシー「ロクリア」…
その部屋に入ったとき、バナナの皮に面食らいつつ「あれ?いない。別の場所にいるのか?」と思っていた。
ヨクバが来て部屋を汚したのかと思った。

でも、ヨクバ=ロクリアだってことに思い当たった。
そのとき、鳥肌が立った。
やられた!!って。

もっと早くに気付けるタイミングはあった。
たとえばミラクルヨクバはスターストームをつかう。
あれはマジプシーがクマトラに授けるシーンがあったから、スターストームを使えるのは
マジプシーか、授かった者だけなんじゃないかって考えれば…
でも、それだけじゃ可能性に過ぎない。
仮面の男がクラウスであるっていうことは、最後の最後までなかなか明言されなかったけど
ずっと確信を持てた。
でもヨクバ=ロクリアってことは、スターストームの時点で思いついたとしても
確信が持てないからやっぱり「やられた」としかいえない。

でも、なぜロクリアはポーキーの仲間になったのだろう。
「いいひとおんせん」で洗脳されたのかな。
もしそうじゃなかったら、裏切った理由があるはず。

何万年も針を守るために生き続けて変化がない生活に飽きたのかな。
きっとそれならポーキーに共感すると思うし。




あと、どせいさんが出てきてすごくうれしかった。
◆ありがと ごじます。
◆はしごごっこは 5にんまで 



そして、ラストバトル…

マザーはいつも、最後の最後に腕に頼るだけじゃない戦いを強いられる。
RPGって大体が、権力や暴力を盾にする悪いやつに対して、それを上回る強い力で打ち勝つことで
エンディングを迎える。
でも、マザーはそうとは限らない。

「おまけビューン」なんて、攻撃して倒すより、ガードして「あいさつをしてとおりすぎ」るまで
待ってたほうが経験値が高かったりするし。

マザーにおいては、ラストバトルだからこそ、力に対して力で臨んではいけない。
1では集めた8つのメロディーを歌って闘った。
2では世界中の人々と一緒に無事を祈った。


ましてやずっと探していた双子の兄だ。

それも、どうやら意識だか記憶だかがないというか、弟を見ても気付かない状態だ。
殴って、PSIで攻撃したら気が付くだろうか?とも思うけど、
とてもそんなことはできない。
力が違うから勝てそうにないし、せかいを守るためとはいえ兄弟で殺しあうなんてつらすぎる。
だから気持ちが届くまで耐える。
耐える。

ここに父さんもいる。母さんの声もする。

気付いて欲しい。そう祈るしかない。



クラウスは

最終的に雷を降らせてフランクリンバッジに跳ね返させて死んでしまう。

◆さいごのときにいっしょにいてくれてありがとう

◆またあえるよな


悲しかった。


だから、エンディングの「おまえとはあったしゅんかんにさよならだな」みたいなことを
言っているのはクラウスだと思いたい。
ヒナワはわからないけど、少なくともクラウスは生き返ったんじゃないかって。


最後にはクラウスは、ヨクバみたいにバリバリに改造されて倒すという選択肢しか
与えられないって結末になるんじゃないかって思ったけど、そこまでじゃなかった。
それは一番グロいパターンだよね。

ただ、ポーキーがクラウスのことを「あの化け物」って言ってたのは、きっとクラウスがすごく強くて
支配下に置くのにてこずったからだと思う。
クラウスは山に行く前にマジプシーにフルスペックを教わっていったはずだから。
マジプシーにとっては、フルスペックを使える=針を抜く者だから
そのクラウスが敵になってしまうのはまったくの誤算だったのだろう。



不思議に思う点は、「ネガティブマン」はなんだったのか。
ナゾの中ボスだった。たから箱を隠していたわけでもないし…
あと、イルカのじこつと、ギンヤンマの使い道…



残念だったのは、一度行った場所にまた戻ることがあまりないこと。
テレポートがないから、一度行ったからといってひとっとびで移動できないし
「どせいだに」は洞窟が崩れるから入れなくなるし砂漠にもいけない。
砂漠、糞転がしのフン集め笑ったな〜…