前の晩原作の方を読んだので、この勢いに乗って映画を見に行こうと決心。
片道40分の道のりを自転車で、一路映画館へ。
原作を読んだという事は、話の筋がわかっていて見る、ということだ。
ハリーポッターも原作を先に読んでから見に行ったが、話の筋がわかっていると
映画は楽しめないというものではないとわかった。
知っていたら知っていたで映画は映画として楽しめるのだから。
ただ、ハリーポッターの場合と今回の場合ではちょっと状況が違っていた。
ハリーポッターのほうは、話の筋こそが大事な作品であり、
「この先どうなるんだろう」という気持ちで見る楽しさが、原作を読むことで失われる。
映画を見ながら謎解きする必要がない。
チョコレート工場の方は、話の筋はそれほど重要ではない。
ハッピーエンドになることは、始めからわかっている作品だし謎解きのような要素がないから。
いずれにしても話の筋を楽しむべきハリポタのような作品は原作を映画の後にでも先にでも
読むといいと思うが、どうしても映画でのストーリーの進め方やカットのし方が気になってしまう。
その点チョコレート工場は、原作においてはそのアイデア・発想が面白いのであり、
映画ではその発想の映像化を楽しむものだ、と思った。
ストーリーは到って簡単だから、映画では映像や演技や音楽や世界観を楽しめばいいのだ。
しかし、いざ見てみると、映画には原作には描かれていないシーンが含まれていた。
よって最後のオチも微妙に違う。
原作は「起・承・転・結。はいオシマイ!」って感じだけど、
そこに少し映画らしいスパイスを加えたのだと思われる。
ティム・バートンのアイデアなのかな…
工場内は「よく作ったなぁ〜」と思ったし、ウンパッパルンパッパの人たちが面白かった。
原作にある歌の部分(海外の児童書にはよく詩が含まれている)を忠実にミュ−ジカルにしていた。
それから役者さん。
ほんとジョニー・デップって人は、映画やるたびに人が変わってしまう。別人のようだ。
前回見たのはネバー・ランドだった。
ネバー・ランドはマジメでありながら子どもの心を忘れない劇作家の役だった。
その前はパイレーツオブカリビアンで海賊船長。
ずーーっと遡って、シザーハンズ。
毎回別人のようだ。
他の役者を思い出してみる。
ブルース・ウィリスとかトム・クルーズとかニコラス・ケイジとか…
みんなその人が出てるってすぐわかるけど、ジョニーデップは違う。
ポスターとか見ても、「え?どの役!?」と思う。
シザーハンズでは、チョコレート工場と同様ティム・バートンと組んだので似たような雰囲気が
映画全体からにじみ出ていたけど(やはり作品には作った人のイメージが投影されている)
ジョニー・デップという役者そのものは、いつも違う雰囲気をまとっている気がする。
沢山の仮面を持っているようだ。いや、仮面だけじゃないな。鎧と脳味噌もかな。
今回のジョニデはほんとに電波出すのがうまかった。
微電波。
ジョニー・電波。
チョコレート工場の主「ウィリー・ウォンカ」は電波だ。
確かに原作を読んで私が感じた電波と、ジョニデが発していた電波は違ったけど、彼は
確かに電波を発していた。
さらにジョニデのすごいところは、無表情なときに最も語る、というところだ。
彼の表情の演技はすごい。
すべての表情を見逃せない。
動きもだけど、やはり顔の表情、それも無表情なときに多くを語る。
多分この才能に気付いたティム・バートンが、シザー・ハンズのエドワードに彼を起用したのではないだろうか?
エドワードも無表情で多くを語るキャラクターだった。
残念なのは、劇場用パンフレットが売り切れていたこと。
再入荷したら買いに行こう…
それからサントラも売りきれ中…欲しい…
片道40分の道のりを自転車で、一路映画館へ。
原作を読んだという事は、話の筋がわかっていて見る、ということだ。
ハリーポッターも原作を先に読んでから見に行ったが、話の筋がわかっていると
映画は楽しめないというものではないとわかった。
知っていたら知っていたで映画は映画として楽しめるのだから。
ただ、ハリーポッターの場合と今回の場合ではちょっと状況が違っていた。
ハリーポッターのほうは、話の筋こそが大事な作品であり、
「この先どうなるんだろう」という気持ちで見る楽しさが、原作を読むことで失われる。
映画を見ながら謎解きする必要がない。
チョコレート工場の方は、話の筋はそれほど重要ではない。
ハッピーエンドになることは、始めからわかっている作品だし謎解きのような要素がないから。
いずれにしても話の筋を楽しむべきハリポタのような作品は原作を映画の後にでも先にでも
読むといいと思うが、どうしても映画でのストーリーの進め方やカットのし方が気になってしまう。
その点チョコレート工場は、原作においてはそのアイデア・発想が面白いのであり、
映画ではその発想の映像化を楽しむものだ、と思った。
ストーリーは到って簡単だから、映画では映像や演技や音楽や世界観を楽しめばいいのだ。
しかし、いざ見てみると、映画には原作には描かれていないシーンが含まれていた。
よって最後のオチも微妙に違う。
原作は「起・承・転・結。はいオシマイ!」って感じだけど、
そこに少し映画らしいスパイスを加えたのだと思われる。
ティム・バートンのアイデアなのかな…
工場内は「よく作ったなぁ〜」と思ったし、ウンパッパルンパッパの人たちが面白かった。
原作にある歌の部分(海外の児童書にはよく詩が含まれている)を忠実にミュ−ジカルにしていた。
それから役者さん。
ほんとジョニー・デップって人は、映画やるたびに人が変わってしまう。別人のようだ。
前回見たのはネバー・ランドだった。
ネバー・ランドはマジメでありながら子どもの心を忘れない劇作家の役だった。
その前はパイレーツオブカリビアンで海賊船長。
ずーーっと遡って、シザーハンズ。
毎回別人のようだ。
他の役者を思い出してみる。
ブルース・ウィリスとかトム・クルーズとかニコラス・ケイジとか…
みんなその人が出てるってすぐわかるけど、ジョニーデップは違う。
ポスターとか見ても、「え?どの役!?」と思う。
シザーハンズでは、チョコレート工場と同様ティム・バートンと組んだので似たような雰囲気が
映画全体からにじみ出ていたけど(やはり作品には作った人のイメージが投影されている)
ジョニー・デップという役者そのものは、いつも違う雰囲気をまとっている気がする。
沢山の仮面を持っているようだ。いや、仮面だけじゃないな。鎧と脳味噌もかな。
今回のジョニデはほんとに電波出すのがうまかった。
微電波。
ジョニー・電波。
チョコレート工場の主「ウィリー・ウォンカ」は電波だ。
確かに原作を読んで私が感じた電波と、ジョニデが発していた電波は違ったけど、彼は
確かに電波を発していた。
さらにジョニデのすごいところは、無表情なときに最も語る、というところだ。
彼の表情の演技はすごい。
すべての表情を見逃せない。
動きもだけど、やはり顔の表情、それも無表情なときに多くを語る。
多分この才能に気付いたティム・バートンが、シザー・ハンズのエドワードに彼を起用したのではないだろうか?
エドワードも無表情で多くを語るキャラクターだった。
残念なのは、劇場用パンフレットが売り切れていたこと。
再入荷したら買いに行こう…
それからサントラも売りきれ中…欲しい…
コメント
コメント一覧 (4)
ジョニーデップ大好き(*´Д`*)
ネバーランドは結局見逃しちゃったし…↓
あーでも観るとパンフとかサントラとか欲しくなっちゃうし…
お金ないし…(;x;)
ネバーランドは映画としてはいまいちだったおー
チョコレート工場のパンフとサントラは欲しくなると思う!断言!
お金ないかぁ
私もないんだけどね…(V);∀;(V)
わーーゐわ、ーーゐ。
人気児童書の映画化が決定したよ!!