遊戯王デュエルモンスターズ見終わりました!!!!!!!!!!!!
遊☆戯☆王 デュエルモンスターズ(全224話)

原作はこれから3巻を読み進めるところです。

アニメ見て、胸がいっぱいになったので、今日はここで遊戯王について語り明かすぜ!!(一人で!)
でも、明日はスタジオ収録の仕事が急遽入ったからなるべく早く書き上げるぜ!!

↓買った。


(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)



前回、「遊戯王見てるんだけどさ」の記事に書いたことの繰り返しになる部分もあるけど、
全部見終わったので改めて胸いっぱいになった魅力のポイントをズバズバ挙げていく!


相棒 天使すぎる マジで(略してATM)

まず、遊戯王って「友達が欲しいなー」って思ってる弱虫な男の子武藤遊戯が、
おじいちゃんからもらった立体パズルを組み上げることで、長きに亘りそこに眠っていた不思議な魂と巡り合って、
ゲームを通して(序盤は勧善懲悪とかしながら)実際に沢山の友達・仲間を作っていく
成長物語みたいな作品なわけだけど、この主人公武藤遊戯が、ただの弱虫な男の子じゃなくて
大洋のように広い心を持っている「優しい純朴な男の子」でもある。マジ天使。
その遊戯の「持ち味・長所」は成長しても変わらなくてよい部分である。

どのくらい心が広いかと言うと、作中「心の世界」は誰の心の中にもある「一つの部屋」として描写されているんだけど、
遊戯の心は広大(物理)なので、パズルに眠っていたもう一つの心を自分の心の中に住まわせるだけの度量を持つ。
こいつはもう歩くシェアハウス。
なんせ、もう一つの心、つまり王様の心はこれまた広漠な大迷宮なんだから、部屋ってレベルじゃねえぞ。
この大迷宮を「置いてあげられるスペース」を心の中に持つ人間はそうそういないのだと思う。
それこそ、3000年の間そんなやつは一人も現れなかった。
そもそもその魂を呼び覚ますのにも、あの立体パズルを解くセンスを同時に要求されるから
「心が底抜けに広くてゲームセンスある」というふたつの条件を満たさなければ王様は心に宿らない。

では、パズルはなぜそんな物としてそこにあったのか。
王様は3000年前に世界を滅ぼす力すら持つ強大な邪神を倒し損ねて、
殲滅は諦める代わりに仕方なく、自分の命と一緒に邪神をパズルに封印した。
その時の戦いでは、王様に「友達」がいなかったことが敗因だった。

王様の周りに人は沢山いたけど、皆「配下の者」で、年が近く話の合う友達はいなかったのだろう。
若くして、父である先王の崩御により王位を継承せざるを得なかった人生を生きたため、
名前で呼び合うような、対等な友がいないままだったのだ。
君主制の国において王様はただでさえ「地位が最高に高く」、また神通力の点でも「強い」存在。
だから、「背後を守る家来」は複数いても「横に並んでくれる人」がいないという、
「王者の孤独」を抱えていて、だからこそ3000年前は邪神を倒せなかった。
強いけど、強いだけじゃダメだった。

パズルには王様と邪神が抱き合わせ封印されているから、
王様を目覚めさせることは邪神を目覚めさせることにも繋がる。それは避けられない運命。
つまり、次に王様が目覚める時は邪神との戦いの再来でもある。
そこで今度こそ必ず倒すために必要なものを目覚めと同時に確保しなければいけないし、
そうなるように仕組まれたギミックこそ、千年パズルと言える。
勝利に必要なものは「王様の友達」。
パズルが3000年かけてようやく、王様の友達としてパズルを解くセンスと心の広さ・純真さという
ふたつの条件を同時に満たす人物と巡り合った。それが遊戯なのだ。

王様個人にとって、そして邪神を今度こそ本当に倒すためというふたつの意味でたった一人でもいいから親友が必要だった。
だから、「友達が欲しいなー」と思っていたのは遊戯だけじゃなくて、王様の魂の方でも同じだったし、魂は共鳴したのだろう。
ふたりはお互いにお互いが持っていない物を持っている「相補的」な魂だから。

こういった、一種の「ジャンル:憑依モノ」とでもいおうか、
主人公の傍にもうひとり主人公のような存在が常に付き従っているタイプの作品にあるあるな展開として、
憑依物の愛が重すぎて過干渉になるなどして、それまで上手くやっていたはずの宿主が
「うるさいなぁ、もうほっといてよ!」
ってなっちゃって、憑依物が一時姿をくらます……みたいなのがある。
というかそのまま姿をくらますことが、「こうして主人公(宿主)は精神的に独立、成長しました」を表現していて
物語自体完結するケースすらある。
(例:赤川次郎の「ふたり」とか)

しかし、遊戯王で驚いたのは、この作品にはこの「宿主が憑依物を拒絶するギスギスフェーズが一切存在しない」
もうこれだけで、遊戯の心の広さがわかるし、遊戯の成長の表現のためにサブ主人公を拒絶する演出を使うことなく終わらせるとかすごいし、
そういうギスギスシーンがちょっと苦手な人でも安心して見ていられる理由。
強いて言えば、アニオリのドーマ編においてふたりの魂が一時離れ離れになるけど、
姿をくらます羽目になったのは、本来の身体の持ち主である遊戯の方。
その時も、遊戯は勝ちにこだわる王様と意見が食い違っても、王様の魂を守るために自ら身代わりになるし、
その後も助けに来てくれることを信じているという純粋さ。
全編、どこを見てても遊戯は、心の中の「もうひとりのボク」とアイコンタクトを交わしては、
微笑みながら「うん、いいよ」としか言わないこの安心感よ。
記憶がないことがわかって以降は、大体
王様「相棒…」
相棒「うん^^」
のやり取りで完結してて心通じ合いすぎ。物分りの良さ……。
ドーマ編みたいに意見が食い違うときとかもあるけど、意見が違ったからって「君とはどうしても合わない!」とはならないし、
決して「もうボクの中から出ていってよ!」ともならない、あの寛容さを天使と言わずしてなんと言うのか???
意見が違っても違うまま相手を受け入れているし、尊重してる、すごい。
そりゃ王様も無二の信頼を置くわ……。
と言っても王様は、自分が「王」というやんごとなき存在だったこと自体綺麗サッパリ忘れているけども。
周囲の、王様につられて転生してきたポジションの人たちから「王(ファラオ)」呼ばわりされるに至るまでは
完全に記憶を持たない魂の状態でいるので、遊戯に
「オレは、ずっとお前と一緒にいたい」
とか言っちゃう。
そのくらい、遊戯は傍にいて居心地が良いんだと思う。
自分が何者なのか、どこに行けば良いのかわからないけど、遊戯が傍にいてくれて気遣ってくれて
優しくて寛容で、「うん、いいよ!」「キミはすごいんだね!」って言ってくれて
得体の知れないこんな自分のために泣いてくれるのだから、居心地悪いわけがない……。

これは現実の喩え話だけど、「人の心に住む」とか「人を心に住まわせる」っていうのは、
何かよほど惹かれるところがあるとか、それだけの心の余裕を持っているとかいうことが必要で、
誰にでもすぐに出来ることではない。
自分の胸に手を当てて
「あの人、今どうしてるかな」
ってすぐに思い浮かぶ人が何人いる……?
そして、自分のことをそう思ってくれる人は何人いる……?
肉体の生死は問わない。相手が自分を知っているかも問わない。
「あの人、どうしてるかな」
って思い浮かぶ人たちは、その心に「生きて(住んで)」いる。
そういう人とどれだけ出会えて、どれだけ「住まわせて」おける?
遊戯はそういうことが「よく出来る」才能を持ってるのだと思う。


王様エロかっこいい

一方で王様は、遊戯にはないエロかっこよさの魅力を持っている。
内面を表す言葉で言えば勇気と賢さって感じ。
特にアニメ201話から古代編(王様の記憶をめぐる旅)が始まるけど、ファラオのすがた(ファラ王)は、
ツヤのある褐色肌に黄金と絹を纏い、長いまつ毛と細身のからだを持つ少年という、もう神? 神なの?
あ、そもそもファラオって神の化身だったわ。神で合ってるわ。疑う余地ないじゃん。
もう少年よ、そのまま神話になれよ。てか遊戯王ってこれ神話だろ。という気持ち。
つまり天使と神が出てくる作品だったわ。

ファラ王になる前の段階でも、「あーみんながピンチだー」って時に
「オレがデュエルでぶちのめす!」って出てきて本当にぶちのめすから、しっかりヒーローしてるし
知恵と勇気と運で悪をバッサバッサとなぎ倒していく様にカタルシスを感じざるを得ない。
\デスティニー・ドロー!!!/
何度も、
「やっぱり闇遊戯は頼りになるぜ!!」
という気持ちにさせてくれる。かっこいい。
でも時々勝つことに拘りすぎて手段を選ばなくなったりする「脆さ」も持っていて、
そういうときに必ず相棒が一線を越えないようにしてくれる。これぞ相補的存在。だからこその親友。相棒!
地位的には王様とはいえまだ大人ではないから、精神的にちょっと遊戯に依存気味なところも含めて人間味感じられてよい。

しかも、杏子は遊戯というより闇遊戯を好きって感じなのに、
「オレの見立てじゃ杏子はお前に惚れてるぜ」
とか言ったりして鈍感だしw
その杏子が例の「バーサーカーソウル」の時に
「もうやめてぇー、遊戯ィ!!」
って縋り付いたのに対しても
「HA☆NA☆SE」
って言ってるし、あれをMADじゃなく改めて物語の一シーンとして見たときには、
「ここ、よくよく考えてみれば、仮に魂を囚われたのが杏子で、止めに入るのが遊戯だったら、
絶対王様は相棒に”離せ!!”だなんて言わないよな……むしろすぐ言われた通りやめそう」
と思ったりしたw 相棒への執着すごい……。
別に杏子を「蔑ろにしている」ってほどではないんだけど、相棒のことになると完全に血相変えてしまう。
まぁ、相棒の段落で書いた通り、相棒天使すぎるから何も不思議じゃないけど( ´゚д゚`)

このふたりが、ただ幸せな日常を送るところを見守っていたいという気持ちになる。
「ふしぎ遊戯」だったら古代のあれやこれやを解決したあとに鬼宿転生して来てくれたじゃん。
遊戯繋がりってことで、アテム君も現世に転生して遊戯の学校に転校生としてやってこないのかい?(´・ω・`)


古代編の伏線回収

デュエルモンスターズというカードゲームそのものが、この「過去編」と深い結び付きがあってすごい。
このカードゲームすらも伏線だったのかよ! と。

古代編では、それまでカードで行われていた「決闘(デュエル)」がカードを通してではなく、
「千年アイテムと魔力による召喚」のような形で進められていくんだけど、
でもやっぱりそこで描かれる一進一退の攻防は、デュエルモンスターズのターン制カードゲームのような構成だ。
上位の次元でバクラと王様がTRPGのようなことをしているという設定だからだけど。

201話から224話までが古代編なんだけど、この24話分だけで30回くらい泣かされた。
見始めるまでは遊戯王がこんなに泣くシーンのある作品だと思ってなかったから自分でびっくり。
特にシモン様がエクゾディアを召喚するところで胸アツすぎて泣いた。
エクゾディアってカード名では「封印されしエクゾディア」なんだけど、
「何故封印されたか」もそこで簡潔に説明がなされているし、うわぁ〜(´;ω;`)ってなった。(語彙

海馬と王様、海馬とブルーアイズの「因縁」もすべて解明されてスッキリした。
セトとアテムは、父親同士が双子という従兄弟の間柄で(本人たちはずっと知らずに生きてきた)、
双子のどちらが先王になっていたか次第で、ふたりの人生は完全に逆転していたかもしれないという、
切っても切れない運命の関係。
そして、一種の転生体ともいえる海馬があそこまで「前世」にこだわらないで済んでいるのは、
ある意味アテムが王になって先王の業を引き継ぎ、またしっかり精算してくれたからとも言える。
もし物事の順序が少しでも違っていたら海馬が現世で、呪われた王の魂にまつわる運命に翻弄される人物になっていただろうから。
(まぁ父親ガチャにはまた失敗したようだが。運のないやつめ)
だから海馬よ、もう少し王様にデレてもいいんだぞ。
王様のおかげでお前、現世で現実主義者やれてるんだぞわかってんの?
お前ツンデレどころか、デレなさすぎてツンギレじゃねえかよ。まったくよう。
ライフを1000払ってリバースカードをオープンすることで、リバースカードをオープンすることができるんだぞ?
でも、セトは闇に打ち克って偉かったよ……。
あと海馬と同じ声で王様に敬語使うのギャップすげえよ……。

そしてラストバトル。
つまりアテムVS遊戯のデュエルだけど、これはFF召痢屮屮薀好の究極召喚戦」に匹敵する辛さだった……。
FF尚奮阿悩討咾海竜せちになるとは思わなかった。
戦わないで済むなら戦いたくない、でも絶対にやらなければいけないし、どこか胸が昂ぶって熱くなる感じもある。
この胸の熱さは「この壁を越えてやるんだ」っていう武者震いのようなもの。
自分の本当の力を試す場でもある。だけど、同時にこんなに辛い戦いはない。
このバトルはまさしく「王様を異界送りする儀式」とも言えるからな……。
★<始まっちまったら…手加減とか…出来ねぇからよぅ! んじゃ、いっちょやるか!!

聖櫃にカードが封印された時、

「 絶 対 死 者 蘇 生 … 」

とか一人でぶつぶつ言いながら見てしまった。キモッ!
私が遊戯なら神のカードを撃破した後のどこかのタイミングで死者蘇生封印するし、
私が作者ならやっぱり遊戯に「死者蘇生」封印させるもん。
そして案の定「死者蘇生」だったし泣いた……(´;ω;`)
デュエル上、切り札を封じるって意味だけじゃなく、死者(アテム)の蘇生(現世への残存)を封印するって意味もあるからね。
ダブルミーニングしつつ、バトルも決着を迎える完璧な流れだった。
思い出しても泣いてしまうバトル。

王様は、デュエルが終わると友情という光に包まれながら、砂が風に流されるように成仏していった……。
王様が遊戯に言った
「お前は弱虫なんかじゃないぜ
 優しさという強さを、オレはお前から教わったんだ」
という言葉を噛みしめると今でも涙が……。

そして千年アイテムは役目を終えて遊戯の手から離れ、みんなに「日常」が戻ってきた。
私の元には王様ロスの日々がやってきた……。
FF召世辰騰-2やればティーダ復活するのに……。

この心の穴を少しでも埋めるために、私はpixivで遊戯王のファンアートや同人マンガを漁るよりほかにないのであった……。
あ、あと自分でもまた色々描きたいのがある。
pixivで、遊戯王関連の作品を自分でアップしたこともないし、検索したこともないのに、
トップの「オススメ」のところにいつも遊戯王の絵がずらずら〜〜っと並ぶのを、
前は「不思議だなーエネコンMAD歌ってるくらいしか縁がないのに……」って思っていたけど、
今はオススメから普通に辿ってイラスト見て回ってるw

あと、サントラ(デュエルモンスターズのサウンドデュエルシリーズ)が欲しいけど、
廃盤なのでもはや新品はレコード店におりて来ないし、ネットで探してみてもプレミア付きの中古CDしかヒットしないので、
moraのリクエストフォームからハイレゾ配信のリクエストを送っておいた。
劇伴の作曲は『少女革命ウテナ』の(合唱曲以外の)サントラも担当した光宗信吉さんなので、
(ウテナもデュエルする作品だな)聴いてるとたまにウテナ思い出す雰囲気の曲もあったけど、
遊戯王を全部見終わった今だと、すべての曲がちゃんと「遊戯王の曲」として自分の中に根付いた感がある。
泣いたシーンでよく流れてた曲とかは、多分今聴いたら曲だけで泣くw
遊戯王DMのサントラ欲しい人は、上のリンクからリクエスト送ってね!!
リクエストが多ければ配信が実現するかもしれないもんね!

というわけで、大体言いたいことは言った!(あとで思い出したらその都度黙って加筆するかもしれんけど)
みんな!!!もう知ってるかもしれないけど、知らない人に宣言する。
遊☆戯☆王デュエルモンスターズは尊いぞ!


次はOverlap録りたい。