大学のサークルの先輩の壮行会があった。
単刀直入に言って日記である。

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大学の合唱サークルの先輩が、会社の「カンボジア支社の立ち上げ」のために、最低3年、
カンボジアに単身赴任するらしい。
最低3年というが、周りの海外出張勢を見ていると、「平均5年」らしくて3年で引き上げてくることはなさそう。
小学校に上がる前のお子さんもふたりいるんで、これは盛大な応援が要るだろってことで
同じサークルや専攻の同期や我々後輩がサプライズ壮行会を開くことになった。

つくば駅でつくば土産を買ってから、新宿のタイ料理屋さんに向かう。
道中、反安倍政権を訴えるデモ行進が通り、警察の、あまり見かけないような特殊車両っぽいのも
その前後を固めてノロノロ走るんで、その長さはすごいもの。全然道路が渡れなかった!!
その場で「道路渡らせろデモ」をやるべきだったか。


会場につくと、幹事の先輩が店から出てきた。多分7年ぶりくらいに会った!! すごい!!
ひと目見て、わかった!
7年も会ってなかったら、ひと目見てわからないくらい変わっているかもしれないし、
見て気づかなかったら失礼だよな、不安って思ってたけど、何も変わってなくて逆にびっくりした。
小中学校の同級生と10年ぶりに会ったりするとだいぶ変わってるものだが、
大学時代に知り合った人は、7年程度じゃ見違えるほど変わることはないんだな、
もしわからないほど変わってるようなことがあるとすればそれは余程のことなんだろう、と思った。

店内に入ると、幹事の先輩の奥さんである、やはり1個上の先輩が待っていて、
そこで
「うわーー、全然変わらないね!」
と言われたけど、私も「いや……先輩全然変わらなすぎだろ、すげえ……」と思った。
寄せ書きの色紙を用意してあるので、一言書いておいてねと言われて一番乗りした。

そのあと、参加者の先輩方が次々来たんだが、誰ひとりとして変わってないし、
壮行会の主役である先輩もその奥さん(同じく先輩)も変わってなかった。
だから、「これって夢なの? 大学時代のことを夢に見てるの?」って思ったし、
途端にその当時の気持ちに戻ってしまって、B'zの「WARP」っていう曲が脳内に流れ始めた。
それから、先輩を迎え入れるための準備を進めた。

どうやったらあんなに、十九二十歳そこそこですでに「良識のあるオトナ」であるような育ち方ができるのかわからないが、
とにかく私のサークルの先輩は皆、素晴らしい人達だった。
もっと後になって、流れた時間に比例するだけの多くの人と出会ってから、
あのサークルでの日々を思い返すにつけ、あの先輩方は、あのときすでに人としてあんなにも出来上がっていた、
それは何故なんだWhy? 一体何が違うんだ? これが「育ちの良さ」というものなのか!?
私は自分が恥ずかしい!! 見ろ、私がゴミのようだ!! 穴があったら更に10kmほど深く掘った後に埋まりたい!!
とか思う。
人に迷惑をかけたことばかり思い出す。相手が実に出来た人たちなので余計だ。
具体的な個々の出来事なんて、周囲は私が思うほど覚えてないのかもしれないけどね。
ほら、「お前が思うほど、周りはお前のことを考えたり覚えたりしてない」もんだろう。
でも私は、サークルの人たちに、
「あんな良い人達に囲まれて、私は恵まれていたなぁ、私は面倒見てもらってばかりだったなぁ」
と思うわけよ。


その先輩方が、先輩方同士で結婚して、子供を連れてきたりした。
その子どもたちにお父さんとかお母さんとか呼ばれていること以外は、大学時代の先輩方そのまんまだった。
すごいぞ、卒業してから15年以上経つのに大学時代と変わってないなんて。
本当に、私の1個上の代は、同期の仲が異様に良くてサークル内で結婚した夫婦が多いし、特に同期カップルが多い。
私の2個上の代もサークル内カップル(こちらは世代差カップル)が多いので、例えば奥さんの方だけ来て、
奥さんの携帯で旦那さんに繋いで、会場にいる人達の間を携帯電話がリレーで回されて
「もしもし? 先輩お久しぶりですー」
なんてやり取りをしたり、その間、欠席者からのビデオメッセージの上映会が開かれるなど、終始和やかだった。
私にとってみれば先輩方の結婚式以来会っていない参加者が多いため、お子さんたちとは初対面だったし、
お子さんにとっては楽しい会合ではなかったかもしれないけど、積極的に話しかけてみたよ!

私は、主役である先輩に開口一番
「お前、生きてたのか!!!!!」
とドつかれたけれど、別に連絡を取らないようにしていたというわけでもないし、
年賀状はある年に出したら戻ってきてしまったからそれから出さなかっただけだし、
なんなら私の方では大学時代から引っ越していないのだが。
私自身が全然移動せずに一定の場所で生きて活動しているのに、
「生きてたのか」
ってレアモンスター扱い受けるの、ニコニコだけじゃなくてここもかよ!wwと思った。

楽器の持ち込みOKで、カラオケ機器もあるお店だったので、合唱団らしく途中からは、
昔合唱した曲を歌うなどした。
(おかげで料理が一向に減らなくなった)
「想い出がいっぱい」とか「カントリーロード」とか「流浪の民」とか「晴れたらいいね」とか「怪獣のバラード」とか。
流浪の民ってカラオケに入ってるのかよ、みたいなw
くっそなつい。
しかし、皆自分のパートの音程ってちゃんと覚えてるもので、唄い出すと自然に混声4部合唱になるのが面白い。
むしろ、自分のパート以外の音程や歌詞ってわからないので当然かもしれないwww
自分で指揮・指導を担当した楽曲なら、分け隔てなく全パートの構成を覚えるものだが、
唄う側に立つ場合は、自分のパートのことをメインに覚えるのが普通だしなw
「流浪の民」、私は当時ソプラノソロパートを担当したのだけど、
指揮やってた先輩から「出番だぞ!」と言われたら、
他のソプラノの先輩もいるし遠慮してしまって、「いや、皆でやればいいんじゃない」と引き下がった。
空気を読もうとしたけど、読み違えたかもしれない。わからない。

多分、当時より上手く歌えるようになってると思う、けど……。
そもそも、ここで求められてるのは上手さじゃないと思うけどwww

私はずっと、「大学のサークル活動」における、
「どうせ毎年代替わりで人が入れ替わってしまうので、皆がそこそこに楽しい感じでやるのがいい」
っていう「楽しいサークル活動の精神」と、
「努力をした人は、努力をしただけ”見せ場”がある」というような実力主義とのバランスって
どうあるべきか考えていた。(今も。同人とかだって同じだ)
前者に寄りすぎると、努力をする意義がなくなり、雰囲気もなあなあになるし、上手くならないし、
人前に出せるだけのものを作り出せなくなる。
後者に寄りすぎても楽しい雰囲気ではなくなるし、大きな格差が生まれる可能性があるし、
そもそも必ず皆が同じタイミングで「引退」を迎える世界で、
競技でもないのに実力だけを基準に考えても仕方ない。
それをやりたければ、大学のサークルじゃなくてプロ志向の集まりを自分で作るなり、参加するなりというのが筋だ。
だから、大学のサークルでは「中庸」が肝要だと思う。
皆が楽しめるし、切磋琢磨も出来るし、なぁなぁじゃないっていう空間でモチベーションを維持するのがいい。
その中で、自分の役職をこなしたり、技術を身に着けたり、コミュニケーション能力を磨いたりするのだ。
多分それが大学の課外活動の目的や成果なのだ。

ただその代わり、やりたかったソロを務められるようになったなんて場合には、
同時にそれ相応の「責任」が生じて、「ソロを務めるべくして務めている」という説得力を持つような
ソロを見(魅)せられるように、努力する必要があると思う。
途中で投げ出したり、いなくなったりするようでは任せられないし。

というようなことを、大学のサークル云々の前に、中学や高校の課外活動の中でも考えていたけど、
大学のサークルで特に、個人的に深く考えたものだった。
だから私はやりたいって立候補したようなものは、その分頑張ったし、
むしろ今でも、
「あの時、やりたいって言ってやったソロだけど、私はそれに相応しい力を持っていたか?」
と考えたりするし、なんなら今からでもその力を付けられるなら付けるべきだと思う。
もう手遅れということはないはずだ。だからまだ歌にこだわっている。
「あのコンサート」は終わったけれど、その時のソロパートが終われば、何もかも忘れて
やめてしまっていいものだとは思えなかった。
そもそも大学で合唱サークルに入ったのも、中学・高校の合唱コンクールで、
自分は「いい働き」が出来たか? ということをずっと考えていたからだし……。
だから入学式後の新歓祭で「合唱に興味ありますか!」って、先輩に話しかけられて、
「はい」と即答して、そのまま歴代最速入部を決めたのだった。

けれど、私はこの会合が和やかだったので、却ってソロパートを務められなかった。
そこで私がソロをノリノリでやったら、なんだか自分がただの出しゃばりになるような気がした。
私の中で「あのコンサート」は終わっていなくて、まだ「やりたいと言ったからには頑張る」段階で、
そして今の自分にそこまで自信がなくて、なのに堂々と自信を持ってソロをやって見せたら嫌われるような気がした。
求められているのは上手さではないにせよ……。
「皆で楽しく」したかったんだ。
今、私には時々、お金をもらって人前で歌を唄う機会がある。
そういう価値を見出してくれた人がいることを、私は誇りに思っていいかもしれない。
でも、それはやはり全然別の話で、私だけが目立つような場面はここでは一切なくていい、
私の壮行会じゃないんだし……と思った。
普通に、淡々とソロをやればよかったのかもしれないけど、流浪の民ってソプラノソロパートは2回あって、
やたら自分が目立つ気がしたから、すごく遠慮してしまった……。
そこでソロをやらなかったのが、却って変な空気を作り出さなかっただろうか、とも悩んでしまったw
「サークル活動」って……難しいね……。
私には実力だけですべてが決まる世界の方が、単純で合ってるとかそういうことなのか?


まぁ、そんな私の苦悩はいいんだ……。
多分こんなことを思うのも、私が歌に「こだわり」を持ちすぎているせいだ。
皆もっとドライだからこんなこと悩まずに済んでるんだろうと思う。

先輩は、カンボジアで「おそらくこのような暮らしぶりになる」というようなことを、
質疑応答のコーナーで話した。
ちょっと人里離れるとすぐ地雷原がある(!)とか、家にお手伝いさんと専属運転手がつくとか、
ご飯は焼肉ばかりになりそうとか、年に1回だけ会社から日本行きの飛行機チケットが支給されるとか。
シークレットゲストで登場した2個上の先輩が
(主役以外にもシークレットだったけど、私が予想した通りの先輩が来た)
自分たち夫婦も交互にアメリカを行ったり来たりですれ違う期間が長いけど、
今はネットがあるから「遠距離でも大丈夫!!!」と語ってた。
お子さんとも、ウェブカメラを使ったスカイプ通話や、FaceTimeなどを駆使して、
なるべく物理的な距離の障壁を感じないふうに時間を共有せよ! と言ってた。
先人が語ると説得力が違う。


最後、先輩には「KBY」と刻印の入った小さい酒樽の記念品が贈呈され、参加者の持ってきたお土産が配られ、解散!
そんなこんなで、3〜4時間などあっという間であった。
なお、KBYとは「くぼや」という大学の近くにある居酒屋のことであるww
コンサートの打ち上げなどでよく利用したものよのぅ。
主役一家は遠くから車で来たのでそのまま帰路につき、飲み足りない先輩方は二次会に向かい、
私や何人かは帰ってきた。

会場では、送り出される先輩は勿論のこと、他の参加者の先輩やそのお子さんとも沢山話した。
また、参加できなかった同期の友人とも、私自身が電話で久々に話すことができたし
ひとことで言ったら
「みんな元気そうで良かったなぁ……」
でまとまる楽しい会合だった!!!
いつも集合写真を撮ってくれてた先輩は、やっぱりここでも撮影係だったw
サークルのOB会も毎年開催されてはいるのだけど、参加者一覧を見ると、
代がかなり上で全く会ったことのない先輩が多くて、今までに一度しか参加したことがない。
行くときは、近くの世代の人たちと「お誘いわせ」の上で行くか、
思い切って知らない先輩と話すことを目的に行くかしかない気がする。
でも行ったら多分、最後に「いざたて戦人よ」を唄うんだろうし、自然とハモるんだろうなw

先輩には、住み慣れないところでいきなり最低3年も暮らすというストレスに負けずに頑張って欲しい。
その代で団長を務めたくらいの人だし、きっと私なんかが心配することはないと思う。
立派な人だ。

私は、帰り道にふと、あるコンサートを思い出した。
確かその時、私はもう引退していて、OBとして受付をやっていたんだった。
名前も知らない女子学生が、入場時に私に話しかけてきて
「今日は、唄わないんですか?」
と。
私は
「あ、今日は私は出番ないですよ」
と答えた。
すると
「そうなんですか… ファンなんです」
と言うので、私は面食らいつつ
「あ、ありがとうございます!!」
とだけ言った。
彼女は「はい、それじゃ」と、そのまま入場して後輩たちのコンサートを聴いて帰った。
私の認識ではその人と話したのは、それが最初で最後だったと思う。
だから今でも名前は知らないけれど、私の歌に対して、「ファンです」と言ってくれた、
最初の人類だと思う。
しかも、私は「合唱団」で歌っていたのだ。
大人数のサークルではないが、かといって合唱という形態をとる以上、個が突出する機会はあまりない。
どの曲のどういう部分において、この方は私の「ファン」であると自覚するに至ったのかわからない。
けれど、どこでどういう風にやっていても、「いいね」って思って見出してくれる人っているんだなぁ、
と、やたらしみじみしたものだ。
これは、私にとってすごく大切な思い出だと思う。

サークルの先輩や同期たちは、音楽の道へ進んでおらず、音楽は今も昔も趣味のひとつ。
私は私のやり方で、趣味としての音楽や、仕事としての音楽と向き合っているんだけど、
いつか私は私のやり方で、今こういうことが出来るようになっていて、
あのサークルでの時間はこういう風に私を育てて……って報告できるだろうか。
できるようにならなければならない。
上手く言えないけど……私は、周りから止まって見えるかもしれないって思ってるんだけど、
自分としてはめちゃくちゃ足掻いているし、いつか何かが伝わってほしいと思ったりする。
そのとき、お互いに胸を張りたいと思う。
先輩たちに会ったら、なんだか益々強く、そう思ったな……。