Amazonで2016/4/10に注文した(とAmazonのページに書いてある)ライブDVDのレビュー記事を
書いていなかったと思うので、今更ゆっくり書いてみようと思います!
商品はこちら。ヴァイオリニストのライブです。


(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)


■まえがき
私はオフラインの本屋が好きだ。
オンラインの本屋、それこそAmazonのようなところは
「買いたい物が明確な時に、それだけを検索して注文する」のに適している。
対してオフラインの本屋は、買いたい物があってもなくても、ふらっと立ち寄ったら
「思わぬ出会いや発見」があるのが魅力だ。
それはオンラインの本屋を使うようになったことで身にしみた。
オンラインの本屋では、検索・購入結果から推測される「興味の有りそうな関連商品」をサジェストされるが
オフラインの本屋では、興味のあるものもないものも一望できるから、
興味がなかった物に興味が向く可能性を秘めている。
それはディスカバリーである。

だが、音楽に関してとなると、私にとって少し事情が異なっているように感じる。
つまり、オフラインのCDショップに行って思わぬ出会いから衝動買いしたくなるようなことは
これまでにあまりなかった。
ぱっと思いつくので、たった1例しかない。
勿論、オフラインのCD屋でも興味がなかった物に興味が向いて「好きなアーティスト」が増えるというタイプの人もいるのだろうが、
どうも私はそうではないらしい。
音楽に関しては、「興味の有りそうな物」をサジェストされる方が、
その「自分にとって新しいがこれまでの興味と深く関連しそうな物」を受け入れやすいようなのだ。

これは、Youtubeで起こる。
Youtubeは上記の例で言うところの「オンラインのCD屋」ではないのだけど、
ある動画を見ている時、または見終わった時に表示されている「関連の高そうな動画」の中に、
実際に興味を惹くものがあることが多く、そこから「新しいお気に入りのアーティスト」を発見した経験は、
オフラインのCD屋におけるそれよりも多い。

今日レビューする「デイビッド・ギャレット」というヴァイオリン奏者についても、
Youtubeで関連動画から偶然辿り着いたし、GALNERYUSも名前こそ知っていたものの
「ファンになったキッカケ」はそれだった。


では、デイビッド・ギャレットの動画にはどのようにたどり着いたか、というところを取っ掛かりにしながら
私が感じた面白さを書いていこうと思う。



■はじまりは、「ラ・カンパネラ」


私は、1年ほど前のある日、Youtubeで「ラ・カンパネラ」の動画を漁っていた。
「ラ・カンパネラ」は、リストのピアノ楽曲……として有名だし、私は実際そのピアノ演奏動画を漁っていたわけだが、
これは元々は、パガニーニがヴァイオリン協奏曲として書いた曲で、リストの物は「アレンジ作品」なのだ。
その辺の歴史については、とりあえずWikipediaを見るのが早いと思うので貼っておく。
まぁなんにせよ、「元はヴァイオリン用の超絶技巧曲だが、リストがピアノ用に採譜・アレンジした」って感じかな。

それでこの曲は、日本だと1999年に「フジコ・ヘミング」のピアノ演奏が話題になったことで、
一般にも広く知られるようになった。

私もそのときに楽曲の存在を知った口だ。
ほぼ聴力を失った状態で難曲カンパネラを演奏する女性、みたいな形で話題になった。
私はクラシック曲にそこまで造詣が深くないという意味での「一般」だったわけだから、
こういう一般に広くカンパネラが知られたのは、
あのNHKドキュメンタリー番組で「フジコ・ヘミング」を取り上げた時、だと思う。
この時点までに、この曲を知っていた人というのは
「ピアノ教室に長いこと通った経験がある人」「クラシックに詳しい人」くらいに
限られていたんじゃないかと推測する。
ピアノを習っていた人にとっては、難曲のひとつとして有名だからだ。

その後、私はレンタルCDショップで「ラ・カンパネラ」の演奏だけが入ったCDを借りてきたりした。
その当時だと、借りてきたCDはカセットテープにダビングして聴いていたため、
今では再生機器が手元になく、カセットも実家にあるか捨てたかで行方不明なのだが
おそらくCDはこれだったと思う。

11人の奏者がカンパネラを弾くというCDだったのは確かなので、それで検索するとこれがヒットする。
多分これだろう。
とにかく、楽曲リストを見ればわかるがこのCDには「ラ・カンパネッラ」しか収録されていない。
でも、それを飽きずに繰り返し聴くくらい、私はこの曲を気に入ってしまったのだった。
そんなに、「好きでクラシック曲を聴く」ということが、それまでの人生で一度もなかった。
クラシック音楽の入ったカセットテープを、母が買ってきて聴かされたが、
それは確か「母と子のクラシック」みたいなタイトルで、
「かなり有名だから一般教養として曲とタイトルくらいは知っとけ」
みたいな選曲のオムニバスだったと思う。
そういうのを子供の頃に聴いたし、タイトルを覚えたりはしたけど、「気に入ったから聴いてた」のかというと違ったと思う。
勿論嫌いでもなかったし、小学生時代はマーチングバンド部で旗を振っていたので、
「思い入れのある吹奏楽曲」とかもある。
でも、曲が好きであんなに何度も繰り返し聴いたクラシック曲って、「ラ・カンパネラ」が初めてだと思う。
それに、曲というのは弾く人によってこんなにも表情が変わるものなのだということも、
11人の奏者によるCDで聴き比べて学んだ。
フジコ・ヘミングの演奏から入ったのもあって、フジコ・ヘミング版の緩急や強弱の付け方はすごく好きだ。
一度は両耳の聴力を失いながらでも、この人はピアノに人生を捧げ、
確実に人並み外れた技術で聴衆を魅了している。
いや、上手い下手とかを超越した何かもあるような気がする。技術で裏付けされてはいるのだろうけど。
動画のコメントにあったが「まるで朗読を聴いているよう」という比喩表現はとてもしっくり来る。
曲がひとつの物語であるように聞こえるし、その物語の情景に即した声色や緩急で読み上げているようだからだ。

2016年春、その「ラ・カンパネラ」についてふと思い出した私は、Youtubeで検索して色々見ていたわけだ。
さっきも書いたが、「11人の奏者によるカンパネラ」のオムニバスは、カセットにダビングして一時期聴いていたが、
今は手元に再生機器もカセットもないから聴けない。
でも、なんとなくカンパネラが聴きたいので、とりあえずYoutubeでカンパネラを検索してみようかな、と思ったのだ。
「フジコ・ヘミング」の話題でこの曲を知り、11人の奏者によるピアノ演奏CDを聴いた頃に、
これは元々ヴァイオリン用のパガニーニの曲だったということも知ったので、
「ラ・カンパネラ」で検索すると、ピアノのものとヴァイオリンのもの、両方がヒットすることは意外ではなかった。
私は、それらの動画を適当に見て回った。

髪をオールバックにした髭の男性のサムネを見て、
「こんな風体でオーケストラをバックに背負ってカンパネラを弾く人がいるの!?」
と思って開いたのがギャレットの動画だった。

そこで次は「この人」に興味が湧くので「David Garrett」で検索する。
Youtubeではよくある自然な流れだ。


■クラシックコンサートというより、バンドのライブのような映像


次にこのトッカータの動画を見た。

先程のカンパネラの動画でも、ワイシャツのボタンを閉じていなかったり
シャツがズボンから出ていたりという出で立ちだったけれど、こちらのトッカータに至っては、
帽子にTシャツにジャケット。輪をかけてラフだ……。

そして何よりも、曲自体のアレンジもロックになっている。
カンパネラの動画だと、まだ「オーケストラコンサート」だったのだけど、トッカータの方は、
ギターやベースやドラムが混ざっている。


私は、オーケストラのコンサートが、フォーマルをビシっと着込んで畏まって見に行かなければいけない、とは思っていない。
それはコンサートの“趣旨”次第で、そうして欲しいというコンセプトのコンサートならそうすべきだし、
お互いそこまでガチガチにならずに、もっと気軽に生の演奏を見てほしいから服装のことをそこまで気にしなくていい
という方針の楽団がやるコンサートなら、そう言われている通りにすればよいのだと思う。
演奏する方だってスーツじゃなきゃいけないことはないし、見る方も同様なのだ。
これは、場所や時代にも大きく左右されることだろう。
でも現代は、どちらかといえば昔より自由度が高くなったと思う。
音楽は、古くは神に捧げるものであったし、その後は宮廷に捧げるものであったりもして、
そういうところで「フォーマルでないといけない」理由がくっついていたけれど、
今は神や宮廷に捧げるためではない演奏会の方が沢山あるからだ。

だから、私は「フォーマルで畏まっていないオーケストラコンサート」があってもそれに賛同する。
でもやはりどこかしら、クラシック音楽を演る人は、ビシッとしてそうというイメージは持っているわけで、
カンパネラの動画では、デイビッド・ギャレットほど「ラフ」な格好の人が、
逆に「ビシッ」とした楽団を背後に背負って演奏している「組み合わせのギャップ」には驚いた。
全体がラフなのではなくて、フォーマルの中にこの人だけ浮くような形の出で立ちだからだ。
まぁ、日本でもオーケストラをバックにデーモン小暮閣下がシャウトしてたりはするから、
それの海外版みたいなものかな……? と思ったりしたw

だが、トッカータの動画では楽曲もロックにアレンジされていて、よりデーモン小暮の動画じみてきたw
(あれは「題名のない音楽会」で演奏した「BURN」だったが、テレビ番組なのでYoutubeからは削除済みかな)
どちらかというと、デイビッド・ギャレット本人がやっている音楽の方向性はこちらかな? と思って、
更に他のギャレット動画を漁ってみることにした。
クラシックをロックにアレンジすることに対しても私は抵抗がない。
なぜならば、ギタドラシリーズの「CLASSC PARTY (triathlon)」が好きだからだ。
(ギタドラの話はまた後で出すので、ここからも私がギタドラ好きという前提で読んでほしいw)







ここで更に余談になるが、「コナミの音ゲーでアレンジされたクラシック楽曲」との最初の出会いは「V」で、
あそこからクラシックの現代風アレンジ良いな! っていう風に目覚めた。
こっちはギタドラではなくてビーマニ(beat mania IIDX 5th style)だけど。


このへんは、2005年くらいにマイブームだったので、「フジコ・ヘミング」でカンパネラと出会ってからは
6年位経っていることになるけれど、カンパネラの時点で
「クラシックに好きな曲をもっと発見できるかもしれない」
という気持ちになっていたのが大きいと思う。
そうでなければ食指が動かなかったかもしれないから。
「V」は、ヴィヴァルディの「四季」第四楽章「冬」だということをすぐに理解できたのは、
「母と子のクラシック」のカセットのおかげだし、何もかも繋がっているのだけど。
だから、「音楽は人生」なのだね。


つまり、「コナミの音ゲーでアレンジされたクラシック曲」を2005年頃に聴き漁っていた身として、
ギャレットのライブ映像には、言い知れぬ懐かしさを感じた。
初めて見ているはずなのだけど、やっていることは間違いなく「CLASSIC PARTY」だからであるw


■「MUSIC」というエンターテイメントライブ


この動画は、私が買ったDVDのライブの曲順を入れ替えたものである。
私はこの動画を見て、DVDの購入を決めた。
ここでまず「この人は歩くCLASSIC PARTYだ」と確信したからだw

そして、それは幾つかの「クラシック曲のロックアレンジ」を演奏するところを見て感じた、
「コナミの音ゲーでアレンジされたクラシック曲」を彷彿とさせる懐かしさのようなものから来る
第一印象に過ぎなかったとも言える。
この動画がGuns N’ Rosesの曲から始まるのを見ても分かる通り、この人がアレンジ・演奏するのは
クラシックだけではないのだ。
ロックにオーケストラを混ぜるアレンジもしているというわけ。
つまりさっきの「トッカータ」とは逆のアプローチだ。

また、上のライブ動画の40分55秒からを見てほしい。(←再生時間設定済みリンク)
「Viva La Vida」という曲。
原曲はこちら。

日本でもiPodのテレビCM楽曲として知っている人の多い曲と思われる。

で、ギャレットのこの曲のアレンジの話に戻り、DVDレビューの話を進めることにする。

ギャレットはこの「Viva La Vida」という曲を「生全部俺」にしてライブで演奏している。
PV↓でも「全部俺」をやっていることはわかる。

4小節ずつの沢山のギャレットが重なって世界が広がっていく感じは、
私が「全部蟹」音源を収録している時に感じるのと同じトキメキをくれる。
多重録音には、多重録音の「ランナーズハイ」みたいなものがあるのだw

PVやCDでは、ベストテイクを何度も録り直して重ねることも可能だ。
映像的にも音声的にも。

なのに、この人はそれをライブでもやってしまう。
きっちり4小節ごとに異なるフレーズをサンプラーにリアルタイム録音して、
それをバックに次の8小節を弾く繰り返しの工程。
そして最後に、「今弾いた全部俺による多重音声」が流れ、「世界の土壌」が完成する。
その「土壌」の上に立って、主旋律を奏でるのだ。

私は、この曲の歌詞を知らないしギャレットのライブではインストとして演奏されるからそこに言語の情報はない。
なのに、サビに入った途端、涙が溢れてきた。
それが音楽のチカラなのだと思う。
言葉はなくても、何かが伝わってきたのだから。
この人は、曲をアレンジした上で、ちゃんとその曲の良さを伝えられるだけの、
インプットとアウトプットのアビリティを備えているのだと強く確信できた。


だから「Viva la Vida」は、私にとってこのライブ映像のひとつのハイライトだったけれど、
別の視点から紹介したい曲もある。

ここまでに書いてきたように、私は「元々知っている曲」との関連からギャレットの動画に行き着いた。
でも、このライブ映像において、「ギャレットをキッカケに知らない曲と出会ったパターン」もあるという話だ。
それは「Viva la Vida」もそのひとつであるけれど、もう2曲紹介したいお気に入りになった曲がある。

まずは、「Tico Tico」。
上のライブ映像だと、19分4秒から演奏している。
また、こちらに別のギャレットがTico Ticoを演奏する動画がある。


この曲は、このライブ「MUSIC」を見て知った。
でも私はそこでも懐かしさを感じた。
その懐かしさの出処を私はすぐに特定することが出来た。

はい、また出たよ!
「コナミの音ゲー(ギタドラ)でアレンジされたクラシック曲」だよ〜!
はじめビーマニの「V」が気に入ってコナミの音ゲー曲を聴くようになって、
ギタドラで初めて好きになった曲がこれで、これがまたクラシックのアレンジだったという。
CLASSIC PARTYはメドレーなのだけど、これはポール・モーリアの「TOCCATA」単体のアレンジ。
原曲はこう。

ギタドラでアレンジされたトッカータのアップテンポな感じがたまらない。
そしてそもそも曲が持っている哀愁がたまらない。
これは、「哀愁EURO」とかが好きな人のツボに刺さるコード進行とメロだ。
EUROアレンジも(仮にされたならば)きっとウケるだろう。

それで、そのアップテンポさで哀愁コード進行・メロを奏でるラテンな感じは、
「涙のトッカータ」の場合はアレンジ後に付与された空気だが、ブラジル音楽の「Tico Tico」は元から持っている。
だからそういう雰囲気の曲が好きな私としては、Tico Tico動画めぐりも楽しくて仕方がない。
これがYoutubeにある動画だと一番古い記録かな。何しろ白黒動画である。

曲の誕生は1917年まで遡るようだ。(フルネームは「TIco-Tico no Fuba」)

女性アンサンブルによる歌も楽しい。


こちらの二人でひとつのクラシックギターを用いて弾くTico Ticoも見ていて楽しい!
(埋め込みコード使用出来ない動画だったのでテキストリンクとする。ぜひリンク先に飛んで見てほしい逸品)

こちらのオーケストラ演奏では、ほぼ指揮者が棒立ちなのが面白いw 指揮とは……。


そしてこのクラシックギター奏者さんは、恐ろしく演奏がうまい!

私はクラシックギター界隈にも別に詳しくないので、この「Edson Lopes」さんについて調べたら、
英語とポルトガル語のWikiが出てきた。
ブラジルの作曲家・演奏家のようだ。
良かった、プロで。これでプロでなかったら変だw
見ていて思わず顔がニヤけてしまうくらい上手いので見てほしい。
もうこうなってくると、いっそ私もTico Ticoを歌いたい!w ……むずそー!!w

吹奏楽団のもあった!


Youtubeにはこういう動画もあるし、画像検索をすると楽譜も出てくる。



このようにして私は、カンパネラ→ギャレット→Tico Ticoという具合の「サーフィン」をした。
とても楽しかった。
そして、この「MUSIC」というライブでは、2012年までのギャレットの活動の集大成が
見られるということがわかったのでDVDを買った。

紹介したい最後の曲は、このライブの表題にもなっている「MUSIC」という曲である。
ギャレットのライブ動画だと1時間13分10秒から

これも、私は原曲の方を知らなくてギャレットのライブ演目として出会ったが
原曲は1976年リリース、ジョン・マイルズの「MUSIC」。

「音楽はA。音楽はB〜」という歌詞が延々続いて、「あー音楽は人生だな」と思う曲……
なんだけど、この曲の特徴的なところは楽曲の進行なのだ!!
本当にショックを受ける。
いや「プログレッシブ」といえばそれまでだけど、曲の出だしで私たちは
てっきりこれがよくある「フォークソング」であると思ってしまう。
そのあと4拍子と3拍子が交互に来るインストパートがあってから80年代ディスコのようなノリも混じってきて、
またフォークソングっぽくなったかと思うと、オーケストラパート。
この「MUSIC」という曲が、プログレという手法でひとつの楽曲の中に色々な「MUSIC」のジャンルや形態を詰め合わせ
最終パートで再度やってくる「音楽はA。音楽はB〜」みたいな歌詞の意味に広がりを持たせる。

音楽は私の初恋であり、音楽は私の最後となるだろう
未来の音楽、そして過去の音楽
音楽なしに生きることは不可能なことだっただろう
この困難な世の中で、音楽が私を引っ張っていく

歌詞はこのシンプルな言葉の繰り返しなのだけど、楽曲がプログレで様々な展開を見せつつ、
最後の歌パートの「大団円」感がすごいので、同じ言葉を何度も聞いているだけなのに、
その都度異なった印象を受けるし、聞き手が勝手に意味の広がりを見出してしまう構成だ。
「音楽は人生だ」とは歌詞では言っていないけど、音楽好きの聴き手が
「そうそう音楽は人生なんだよ……」と勝手にしみじみするのだw
あ〜音楽は人生だなー!
そして、この曲の主題が「MUSIC」であることに納得すると共に、
このライブのタイトルが「MUSIC」であることにも頷いてしまう。
やはり、ギャレットが曲の良さを殺していないからだろう。



■あとがき
デイビッド・ギャレットは日本公演も行っている。
私が最近好きになった海外のアーティストはいずれも日本に来たことがなく、今後も来てくれそうにないのだが、
その点ギャレットは違ったw
日本で生の演奏を聴ける機会は今後もある可能性が高い。

Tico TicoやMUSICのように、これまで知らなかった曲でもギャレットの演奏で知って、良いなと思ったり
強く印象に残るような場合があるというのは、ギャレットは必ずしも日本公演で、
日本の大衆のウケ狙いをしなくても大丈夫だということを意味すると思う。
知ってる曲も知らない曲も演奏するだろうけれど、きっとそのライブは良いものだろう、と思う。
機会があったら私もコンサートに足を運んでみたいと、と思った。