私は、カテゴリ問わず、元々そこまでテレビ番組を見ない人だったんですけど、
テレビドラマに関しては、最後にまともに見たのが「君といた未来のために(1999年)」あたりなのでは?というくらい
最近のドラマはわかりません。
そもそも今、この部屋にテレビやPC用テレビチューナーなどがなく、見たくたって見られないしね!!
そんな私が、約20年ぶりくらいに
「このドラマは見たい!」
と思ったのが、これなのです。

光のお父さん

(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)


ドラマ化が発表されてしばらくして、
「ブログがドラマ化されるとは、どれどれどんな話なんだべ」
と一通り読んだ後この記事を書いて、それからずっとドラマを楽しみにしていたのですが、
テレビがない私の家でも、Netflixで見ることができています。
Netflix 光のお父さん 第1話

Netflixでは、一番早いテレビ放映から数日遅れての4月20日0時に第1話が配信となり、
そこからは普通に週1で更新ですので、26日の夜日付が変わるのを待って2話を見て今(27日夜)に至ります。
19日の夜、日付が変わると同時にNetflixで「光のお父さん」や「ファイナルファンタジー」を検索するも
番組が見つからず絶望していましたが、それは一時的な不具合だったらしく、
今は普通に見つかるようになっているみたいで良かったです。
私なんか、第1話がTBSで放送される前日に、テレビドラマ好きな父に、
「火曜の深夜に、面白いドラマ始まるから録画して見て!」
って布教メールも入れておきましたよ。


さてさて、ドラマは全7話構成らしく、尺調整のためか一部設定変更やシーン省略などももちろんありますが、
ドラマで大体の流れを知った後に、ブログや書籍の方で、
より詳しいことや「元ネタ」となっている実際の出来事を追うという楽しみ方ができるので、
これはこれでいいと思います。あ、私も書籍買いましたよ。

例えば1話で、お父さん(インディ)が、自分のレベルにそぐわない強敵と戦っているところに
マイディーさんがヘルプに入るシーンがありますが、(モンスターが改変されてはいるけど)
あの時マイディーさんは
「自分が、今のお父さんと同じくらいのレベルのときやったのと、全く同じことを父さんもやってる!」
って思いながらヘルプに入ったんですよね。
つまり、インディーさんは、息子のプレイングは知らないのに、完全に二の轍を踏んでるっていう。
(もっというと「誰もが通る道」なんだけど、「これは誰もが通る道」という説明は省かれているってこと)
そこにマイディーさんは、キュンと来た…もとい感慨深さを感じたところがあると思います。
だから、この部分ちょっと重要だな〜って思うんですけど、そのことに関する描写はドラマの方にはないですね。
ただ助けに入る、っていうだけの描写になっているんです。
主人公の光生(アキオ)のモノローグで
「父さん、僕が当時やったのと全く同じことしてる!」
みたいなの入るかなと思ったらなかったですね。
そういう省略が結構多くて、先にブログや書籍を読んでいる人は脳内補完できてしまうんですけど、
ドラマで初めてこの物語を追う人にとって、どの程度感情移入できるのかなっていうところが、
私はすでに知ってしまっている身として「初見さんの感想」を想像するのが難しいというのはあります。

続く第2話は、同じようにヘルプに入ったマイディーさんに対してお父さんが初めて、エモートの「跪く」で
まともなリアクションを返すっていうところまでで、このシーンも光のお父さんシリーズ内で最初の感動パートなんですけど、
これが感動的であることが、初見さんにどのくらい伝わったかなって、もう自分は初見じゃないからわからないので
初見さんの反応が気になってきちゃってww
「ここ本当はブログだと、これこれこういう紆余曲折あってからのこういう展開で、だから貴重で」
みたいな脳内補完情報が脳内にぶわーっと湧いてくるというか!w
でもそれはブログを読み終わってる人ならでは、でw

ドラマの中でも、最初のアプローチでは周囲をぐるぐる回った後に逃げるという行動、
次が「あああああああああ」のちに逃亡っていう感じで、まともにコミュニケーション取れない段階を経て、
そのあとようやくエモートを介して意思疎通ができた実感が湧く展開にはなってるんですけど、
そこ初見さんわかるかな! わかるといいな! みたいな。
これ不満点をあげてるんじゃなくて、……ドラマ面白いんですよ。
でも、私が改変や省略後の状態でも楽しめているのは先にブログを読んだからだとすると、
ブログ読まずにドラマから入ってる人には、同じくらい面白いと思えてないってことじゃない!?大丈夫!?
みたいな心配がww
私が心配してもしょうがないけどね!!ww

でも、そんなことを心配してる私が言えることは、やっぱり本家ブログ読むのが一番面白いと思うので、
ドラマでこの「ノンフィクション」に興味が湧いたら、光のお父さん まとめ読みした方がいい、ということです!
(そしてブログが面白いと思ったら、本も買おうな!)


心配点書いててもしょうがないんで、すごく細かいところですが、
「なんかこれ良いな」って思ったところを書いていきます。

あ、その前にマイディーさんのブログにドラマの制作秘話があって、
これもドラマを見た後読むと2倍楽しめますので、リンク貼っておきます。
光のでぃさん 第杵叩峺のお父さんがやってきた」を振り返る。 (2017/04/20)
光のでぃさん 第僅叩惴のお父さんが姿を消した。』を振り返る。 (2017/04/27)


第1話で、石野真子さん演じる稲葉家のお母さんが首から老眼鏡下げてるんですけど、
マイディーさんがPS4買ってきたときに
(ここも本来、お母さんがお父さんの誕生日プレゼントで買うんだったよね。犬の散歩を条件にw)、
PS4の説明書かなにかをお母さんが老眼鏡かけて読んでるんですよね。
ただ老眼鏡を下げてるキャラってだけじゃなくて、使ってるシーンもあるのが、
「なんかリアリティあって良いな」
って思いました。
例えばマイディーさんのお母さんが本当にこういう風に暮らしてて、
それを忠実再現したのかな? とか思ったりします。
マイディーさんのお母さんが実際こうなのかどうかはさして重要ではないんですけど。
だから、ドラマ化に際してのオリジナル要素なのかもしれませんが、なんにせよ
「そういうお母さん」というリアリティがあって細かくて良いな〜、と。


第2話は、お父さんが「極寒の地で自分だけ半袖着てるのが恥ずかしい」っていう理由で引退する
(そしてマイディーさんが吉田P/Dに対して叫ぶ)重要なイベントが発生するんですけど、ここに
「(ユニフォームがダサいから)会社辞めたくなった」
っていうOLとその本心を聞き出す光生とのやりとりをリアルパートとして重ねることで、
初心者には初心者ならではの躓きがあって、それは現実にもゲームにもあることっていうことを
よりわかりやすくなるよう描いているんです。
同時に光生が「ゲーマーだけど普通に社会生活を営んでいる」ことも表現しているんです。

その初心者ならではの躓きというのは誰にでも訪れるはずなのに、自分が「初心者でないもの」になってしまうと、
「喉元過ぎれば〜」じゃないですけど、自分にだってそういう時期があったということをすっかり忘れたりするんですよね。

そのことはマイディーさんも、マイディーさんの言葉でブログに綴っているんですけど、
マイディーさんの言葉をただ読み上げるだけでは「ドラマ」ではなく朗読になってしまうので、
ドラマにするときに、リアルパートを活かして同じことを説明しようと試みているわけです。
そうすると、「初心者ならではの躓き」っていう話が、「ゲームの中だけの話」に留まらなくて、
普段ゲームをやっていなくても、誰にでもわかる話になってくるので、良い演出だなと思いました。

なぜかというと、すべてを「ゲームの中で起こって、ゲームの中で解決する」展開にしてしまうと、
ドラマとして、世界が「閉じた」感じになりすぎるだろうから。
すると、「マイディーさんがやっているFF14」は、現実世界と地続きで、
「プレイヤーの誰もがこの世界(ゲームの外側)に生きているどこかの誰か」だっていうことが伝わりにくくなると思うんです。
それだと、結果的に登場人物がゲームしかしない人みたいな印象を与える構成になってしまうと思います。

マイディーさんは普段一人暮らし(?)で、「これは」という時にだけ実家に帰ってお父さんのヘルプをしていましたが、
ドラマでは実家暮らしの設定になっています。
つまりブログだと、平日は自分のアパートと職場を往復していて、問題が発生した場合は実家に帰るということから
社会の中のマイディーさん・FF14内のマイディーさん・実家のマイディーさんがいて、
結果的にマイディーさんと社会と家が地続きだってわかるんですよ。
でも、実家暮らしに設定変更した上、ゲームをプレイしているリアルのシーンと、ゲーム内映像しかなかったら、
社会とマイディーさんが地続きでなくなってしまうんです。

ステレオタイプな根暗で引きこもり……みたいなネットゲーマーじゃなくて、
普段「ゲームをやっていない人と同じように」仕事もして生活していて、
その生活の中にゲームと、ゲームを介した「友人」とのコミュニケーションが溶け込んでいるという
そういうゲーマーを描くのがこの作品としては目指すべき方向だと思うので、
マイディーさんや他のプレイヤーが「社会不適合者」のように描かれるとちぐはぐになるんですよね。
「ゲームに打ち込んでいるようなやつは社会不適合者だ」
とか
「ゲームは低俗な趣味だ」
とかいうような固定観念を持っている人たちが持っているゲーマーへのイメージを、
フラットな方に持って行ってくれそうな作りでゲーマーとして好感が持てますよね。
もちろん、このドラマにそういう固定観念打破の「役割」とか「使命」というのは課せられないけれど。
でも、マイディーさんや他のプレイヤーの“人物像”が変な改変を受けてなくて本当に良かった、と
(光のぴぃさんシリーズを読んだ後だと余計に)思いますw

大体、「あるキャラが、着てる服が恥ずかしいせいで消えていなくなる」って
オンラインゲームじゃなきゃ起こり得ないですよね。
自分以外NPCしか出てこないタイプのRPGやってて
「この服恥ずかしいから、もうこの世界から消えるね……」
とかいうNPCは見たことがないし、いや、それ逆におもしれぇな……。



そして、「光のお父さん」計画は、“親孝行”計画なのだけれど、ドラマの1話でも言っているように、
「父さんといつの頃からか、ほとんど話をしなくなってた」
「父さんが突然仕事をやめたりして、自分は父さんが何を考えてるのか、どんな人なのか、
全然知らないことに気づいた」
みたいな“気付き”がキッカケで始まる計画でもあります。
第2話では
「お父さんは半袖が恥ずかしいあまりオンラインゲームを引退した」
とか
「エモートを教えたら馬鹿の一つ覚えみたいに”大笑い”してた」
などのシーンにあるように、息子である光生がゲームを遊ぶ父を観察することで、
「今まで知らなかったお父さんの一面」をどんどん知っていきます。
多分、今まで「寡黙」みたいな印象しか持っていなかったのだろうけど、
観察してみるとただ寡黙なのではなくて意外と「照れ屋」だったんだ、とわかってくるという感じ。
ちゃんとゲームを介してお父さんのことを知っていく“計画”も成功しているわけです。
親孝行というだけでなく、お父さんはどういう人なのかを知らなかった自分に、
お父さんの新たな一面を見せる“お父さんディスカバリー計画”でもあるんですよね。
原作では、お父さん自ら
「恥ずかしい…」
とこぼすのですが、ドラマのほうではお母さんが
「お父さん、恥ずかしかったんじゃない?」
と図星を突く形になっています。たったこれだけ、この一言によって
「お母さんの方がお父さんのことをよく知ってる」
っていう表現が加わっているところも良いですよね。


それから、原作だとフレンド申請・承認の流れが、もっと回りくどくて面白いですよ!ww
お父さんが跪いた後も、「跪いてる先がマイディーさんじゃない」っていうオチがついているし。

そんな感じで、「初見さん楽しんでるかな(ソワソワ」みたいなのもありつつ、
ドラマ「光のお父さん」毎回楽しみにしています。
放映終わったら、うちのお父さんにドラマの感想聞いてみて、好感触だったら書籍をレンタルしようと思いますw