今日は、次のイベントのために、ブリュッセルへ向かいます。
パリ郊外から車で3時間ほど。

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昨日の昼御飯の後、シンデハイが、ネットでの活動と知名度とアンチについて話し出した。
要は、
頑張れば頑張るほど、アンチが増える(もちろん知名度に比例してる)
という話だ。
これは、「理不尽」なことだ。
それはそうだ。
誤解で嫌われる場合もあるし。

でも、確かに、知名度に比例して一定数の「いや、自分は気にくわない」という人は出て来るし、それを咎めようもない。
これは全世界どこにいても起こることだから、多分人類共通だし、「種の保存のための本能」に近い何かなんだろう。

つまり、全員が同じ嗜好で統一されすぎていると、その嗜好を持つ集団が一瞬で絶滅するパターンがありうる。
だから種の保存のために、各生物は「生物多様性」を持っている。
どういう環境に対する適応とか何を主食とするかとか。

人間の場合は、「どの音楽が好き」とかそういう「嗜好」に関しても、
絶対に2割は「嫌い」という人が出て来るらしいが、これはそれを好きだという8割が一斉に死ぬようなことが起こっても、
2割は生き残る可能性が高いということである。
どの音楽が好きかだけで死ぬような場面があるかはわからないが、
わからなくてもリスクヘッジするのが本能なんだろう。
だもんで、とにかく生物は本能的に、その種の100%が一極集中しないように出来ているのだ。

だから、自分に対するアンチ(否定派)が、母数に対して最低でも2割を占めるのは、人類が絶滅しないために必要なことなので諦めるしかない。
アンチが2割いないと人類滅亡するんだからしょうがないかーと納得しよう。
むしろ、2割で済んでれば、避けられない「本能的に嫌いと思う人」の割合と一致するので、
実質嫌われてないのと一緒だ。
否定派が5割を超えるくらいになったら、いよいよ自分に実際落ち度があると疑い始めればいいのでは?

とにかくこれは、人種や国に関係なくどこにでも起こるし、生き物として必要な機能なのだろう。
だから、フランスにいると特別そういう目に遭うというわけではない。
日本ではこれは、「有名税」と呼ぶ。
Tax for Popularity だ。
シンデハイは、この言葉は初めて聞いたらしいが、
「知名度に比例してアンチが増える図式」を理解していない人に説明するのに最適な表現だ、と言ってた。

それから、晩御飯の時にも、「誰と活動するか」を慎重に選ぶことが、トラブル回避の秘訣だ、みたいな話をしてた。

例えば自分が知名度を獲得するために、人を利用するような人とは早々に縁を切らなくてはいけないとか、
知名度が欲しくてコラボをする人は、知名度を得た瞬間、「天狗」になってどこかへ行ってしまうとか、感謝を忘れるとか、
自分が都合よく利用するために人を唆して手篭めにしてしまうフレネミーとか、
そういうことが起こるからよく人を見極めないといけない、とシンデハイが語った。
私は
「わー、こういうことに国は無関係ないんだな」
と思った。
「日本のいじめは陰湿」
とかよく聞くけど、本当に日本でだけ特別に起こることって逆に少ないんじゃないかな。
シンデハイが話したことは、日本でも「あるある」なことばかりだと思った。
シンデハイは、私に
「かにぱん。はアンチに苦しめられることはないの?」
と聞いてきた。
アンチの数は知名度に比例する。
私のニコニコでの知名度はピークを過ぎたからアンチも私に構わなくなったのではないだろうか。
それにそもそも、私は知名度のために活動していない。
「自分がやりたいこと」のために活動しているので、知名度が上がっても下がっても、その結果に対して
「そうなんだー」
と思うだけだし、アンチが何か言ってて仮にそれを見てしまっても、
「私は今何がしたいか」
の方が大切だから、気にしてる時間が勿体無いと言った。
フレネミーが自分の信奉者を扇動してシンデハイのあることないことを吹聴して回り、
一部の人間がそれを信じてしまったとき、シンデハイが傷付く気持ちはわかるけど、
彼は自分は決してやり返さないと言うし、それは正しいと思うし、
出来ることややりたい事に集中していて欲しいと思った。


11時頃起きて、しばらくすると、冷蔵庫とキッチンの余り物を全部突っ込んだというサラダが出てきた。
今日から4日ほど家を空けるので、何か残しておくと悪くなるしな。
ユアンは少食だが、少なくともこれまでにチョコレートとドレッシングと胡椒が嫌いという話を聞いたので、
多分好き嫌いが激しくて少食ってことなんじゃないかな。
あまり「美味しい」ものを知らないのかな…と、ここまでの流れでは想像してしまう…。
口に合うか分からんが、帰ったらマジでギフトとして日本のレトルト食品とか色々送ろう。
良い意味で味覚が刺激されるメニューが見つかると良いが…。
だって好き嫌いが激しすぎると、食べられるものが少ないせいで好きだったはずのものに飽きたり、
結果食事の時間が苦痛になったりして、1日3回の食事が辛くなるんじゃないかな。
日本の料理に触れて、好きなものが増えたら嬉しいな。


食後、私がおとといあたりにしたツイートが自動翻訳だと意味不明だというので、解説してた。
これこれ


要は、私が引用したツイートでは、「もはや日本には娯楽が食べ物しかない」と言ってるんだが、
私は「いやいや、これでもまだまだ日本は娯楽多いし、あと飯も美味過ぎるから食事が他の娯楽と肩を並べるのはしょうがない」
と、海外に出たからこそ思ったし、
「ここにはもう食事しか娯楽がない」
と思ったオタクが海外に出たところで、もっと選択肢が少なくて不便な生活を強いられて、結局日本に戻るか鬱になるかだと思うんだ……。
だから、日本から出なかったらわからないかもしれないが、娯楽はまだなくなってないし、
食事が娯楽の1つなのは単に、マジで飯が美味いからだと思うよ、ってこと。

私は別にフランスを批判しているのではなくて、大きな相違点について言及している。
シンデハイは、いや、フランス飯の方が良いね!と言ったけど、
もちろんフランスから出たことがないフランス人は、日本とフランスを実際には比較出来ないから、
とりあえずフランスで食べられる和食と比べてやっぱりフランス飯が良いと言うだろう。
食事は、食べ慣れたものが一番というのはあるし。
私は「日本から出て日本の方が良いなってなった」けど、逆も同じで「フランスから来てフランスの方が良いなってなる」のかどうかは、
フランスから日本に来たフランス人にしかわからないから、まだ日本に来てないフランス人には、現時点では比べられなくて
わからないはずだよね。

でも、「基本的に暖かい便座」とか「ウォシュレット」とか、それが「無料公衆トイレですら使える」こととか、
「風呂には必ずバスタブがある」とか、
そういう「そこらへんで感じられる地味な快適さ」がここにはないので、説明しようがない。
「無料の公衆トイレもあるよ!」って言うけど、中身が違うんだよなぁ……。
日本のは「ただあるだけ」じゃない。快適なのだ。
日本人がいかに、「生活の地味な部分をより快適にしようとしてきたか」っつー話でもあるし。
とにかく、ここにはないけど快適なんだよとしか言えない。
ないから説明も出来ない。

ご飯にしても、「素材の味だけを生かした料理」以外を知っててそれに辿り着いたのと、
調味料の使い方が分からないのとでは、素地が違うようには思う。
とにかく日本には「オプション」が沢山あって、使うも使わないも自由だがオプションがある中から選ぶのと
選択肢が一択なのでは違うと思うのだけど、うまく伝わらない。
生活や食事の上で、日本にあってフランスにはないものが色々思い浮かぶが、
フランスにあって日本にないものがあまり見当たらない。
例えばバゲットは日本でも買える。
でも、おそらくフランスのほとんどの家庭に炊飯器はなくて、あまり米は炊かない。
少なくとも今私がいるところにはないし、前に泊まったところにもなかった。
オプションとして存在してないに等しい。
日本の風呂にはバスタブがあって、お湯を張って暖まるかシャワーで済ますかはオプションだけど、
フランスの多くの家庭にはバスタブはないから、シャワーを浴びる「しかできない」。
同じ「シャワーを浴びる」でも、それ以外も選べる中からあえてそれを選んだのと、シャワーを浴びるしかないのでは
地盤が違うだろうと思う。
本人を来させて本人に比較させるしかないと思う。
究極的には「地味な快適さがある生活」は体験することでしか、それがどういうものかわからないだろうから。
そして、一度日本でその「地味な快適さ」を知ってしまうと、海外のちょっとした不便さのある環境も
長時間耐えられなくなるというのが身に染みた。
日本にないような建物とか景色とかはあるけど、普段の生活を便利で快適にするものに関しては
あれもないの?これもないの?ってなってくるのでな。
これについては、英語版ブログにも記事書いといたし、シンデハイやCyrixにも読んでもらった。


お昼を食べた後、
「このあと2時間以内に出発の予定だから荷造りしてー」
と言われた。(前の夜にほぼ終わってたが)
そして、一緒に車に乗って行くためSashaが到着。
Sashaは、しばらくノーパソを開いてシンデハイと作業をしていたが、シンデハイが荷造りを始めると、
Sashaは部屋の掃除を始めた!!!!!

シンデハイが、
「Sashaは、この部屋が汚すぎて耐えられないと言ってる」
と言うので、私も
「私も掃除したかったんだが、どれが捨てて良いものか判断出来ないから掃除出来なかったんだよ!」
と言って、便乗して掃除した!!!
荷造りは昨日の夜に終わってるしな!
どれを捨てて良いかはSashaが聞いて捨ててくれるので、私は
「これゴミ袋だよ!」
と、自分用として置いといたゴミ袋を出して、そこに色々捨ててもらった。
前も書いたが、部屋にゴミ箱がないのが問題の1つだと思う。
中身が空になったパテやジャムのケースとかも、なぜか机の上に放置されてたけど、
「あれ確か空だよなぁ、捨てないのかな」
と思いながら見てたので、ドサクサに紛れて捨てた!
多分なんも問題ない。おそらく、マジで空だったので。
私は、この部屋を片したいと思う私の感覚がズレてるのか?と思い始めていたので、
Sashaが「汚いから片す」と言い出して、
「あーーそういう感覚の人がまだ生きていたかー!!」
みたいな気持ちになった。
バイオハザードか何かだろうか。

あと、Sashaが来るちょっと前に、シンデハイに
「英語で意思疎通できる日本人に(私以外)会ったことがない」
という話をされた。
まぁ……そうなのかもしれないなぁ……。
例えば、日本のバンドとかがフランスにライブしに来たりして、
シンデハイがそこに居合わせたりする機会が何度かあったらしいんだけど、
「What」とか「How」とかで始まる疑問文で話しかけてるのに、大抵は
「Yes」しか答えなかったり(質問を理解してない)、もしくは何を言っても
「I don't know」「I don't understand」と返されたり、
こっちの言ってることを理解出来てるのか出来てないのかもわからないし、発音も癖が強すぎて聞き取れないらしい。

……まぁ……それも…そうかもなぁ……。

というのは、私自身思い返してみれば、「日本語になくて英語にある発音」を習得しないと伝わらないと気付いたのは
大学に入ってからだったし、実際その発音の練習は学校ではまともにしたことはなく、
Eurobeatを聴いたり歌ったりという方法で勉強と思わずに流れで習得して来た。
つまり、中学から高校まで英語の授業があったのに、そのどこのタイミングにおいても、
「外国の人に伝わる英語の発音」への矯正を受けなかったし、
大学でも英語の「会話」の授業は、発音よりリスニングに特化してたような気がする。
隣の席の人と英語で会話してみましょう、みたいな実習もあったけど、相手は同じ日本人学生だし
いちいち聞いて回る「監督」がいないから良いのか悪いのかよくわからなくて、結局、
実習で話す相手となる「日本人」に伝わるカタカナ英語を話していた。
そこで、「英語にあって日本語にない発音」は使われない。
ただ、リスニングで使う教材はネイティヴが話してる、という感じだった。
まぁ外国語を勉強する専攻ではないというのもあるけど。

だから、頭文字Dの影響でEurobeatに出会って、歌いたい!って思って、
聞き込んだり歌ったりしなかったら、今も「R」とか「th」みたいな日本語で使われない発音が
身に付いてなかったかもしれない。
大学まで行っても、専攻でない限りそうなるのだし、かと言って一生そのことで不便することもないんだから、
自分から英語を学ぶ人なんか増えないよなぁ。
受験以外で必要ないと言っても過言じゃないわけで。

ただ、英語だけじゃなく、学校で学ぶ教科ってのは、「やっておくと後で選択肢が減らない」で済むものではあるよね。
つまり、例えば英語を学ばないことを決めた瞬間に、
将来英語が使えれば選べたかもしれない選択肢を自分で捨てていることになるんだよね。
すごく簡単な例だと、センター試験で全教科受けるか3教科にするかで、志望校の選択肢が異なるよね。
これと同じことは人生を通して、ずっと起き続けていく。
その選択肢がいつどのように目の前に出て来るかはわからないから、
とりあえず英語でも何でもやっておけば、突然出て来た選択肢が
「2択だけど実質1択」
みたいな状態を避けられるんだよね。
私も英語の授業をないがしろにしてたら今ここにいないはずだし、
授業を受けるだけで終わらず、「英語で歌う」ってことをしたから、
「フランスに来る?」
という選択肢が出現する状態になったし、Yesを選べたんだと思う。

一方、シンデハイに
「英語でコミュニケーションとれない」
と評された日本人のところにも同じ選択肢が出て、Yesを選んだってことではあるけど、
私とはまた違うルートでそっちに行ったってことだろうから、
英語「だけ」がこのフラグを立てるための唯一の要素ではないということでもあるけど。

でも、私は、シンデハイにとって、通訳を通さなくても直接英語で意思疎通出来る最初の日本人として知り合えて、
ここに来られて良かったと思うし、せめて授業をちゃんと受けておいてよかったと思うし(英会話教室には通ったことないから)、
ただそれと同時に学校の授業だけでは実質不十分だったなぁとも思う。
学校や先生や時代にもよるけど、私は英語の授業中に日本人の先生がネイティヴ発音してるのを聞いたことない。
ネイティヴ「っぽく」ですらなかった。
(それにちょっと英語として本来正しいはずの発音をすると、
それが先生であれ生徒であれ、からかわれるので、正しい発音が市民権を得られない状況だった)


16時半くらいに、荷台も後部座席も荷物で満載の車に無理やり乗り込んで、出発した。
すぐに高速に乗ったのだけど、割と高速を走ってて目につくのが、風力発電用の風車
大体、見通しのいい草原とかにあるので、不思議な感じがする。
自然が沢山のところに、露骨な人工物がズラズラあるちぐはぐ感。
つくばでは、まれによくあることだけどww

18時半、突然
「今ベルギーに入ったよ!」
と言われ、ふわっと国境を越えていた。
「県境」くらいの感覚だった。
日本だと、「国を超える=海を越える」だからなぁ。
高速を走っている間は、英語版ブログを書いてた

19時半、MADE-IN-ASIAの会場に到着して、他のメンバーを待つ。
30分もすれば全員集まるだろう、とのこと。

というわけで、再びVoxメンバー勢揃い。
日本人が見たら、
「よほど久々なんだろうな」
と思うようなフランス式の挨拶。
私は最初彼らが、めちゃくちゃ久々に再会したから、こういう挨拶をしてるのかと思ってたけど、
1日2日空いただけでも、抱き合ったりチュッチュってしたりするから、
「会ってない時間の長さはあまり関係なく、挨拶はこういうもの」
ということに気付くまで少しかかった。
最初は
「えっ!?こないだ会ったのに感動がデカすぎない!?」
と思ったけど、そういう「表現」をするのがフランス式の日常的な挨拶なんだね!
だから、つい2日ぶりだけど、Ermiteが
「うぉーかにぱーん!!!また会えたねー!最高ー!元気ー!?」
みたいなテンションで来て、
「お、おう!!」
ってなった。(まだ完全には慣れてない)
いや、マジで、毎日が同窓会? って感じだww


その後、私は、
1,Nekuの家でSashaと同じベッドで寝るが、会場からめっちゃ遠いので朝早い
2,ホテルでCyrixと同じベッド(ダブル)で寝るが、会場からめっちゃ近い
の2択を迫られて、
10人以上人がいるところだと、風呂とかトイレなんかの順番も大変そうだな、というのと
会場への距離を考えた結果2を選択した。
ただし、イベント最終日だけNeku家に泊まる人の人数が少し減るらしいので、その日だけNeku家にお呼ばれするのはどうかなって思ってる。
明日、会場でそのへんみんなと相談してみる。
一度、めっちゃデカいというNeku家に行ってみたいし。
だって客人を10人泊められるって、豪邸か集合住宅じゃね?ww
彼のお父上は、テレビやラジオのCM制作会社をやっているらしくて、
そのために家にスタジオがあるとか。
で、Neku自身もCMナレーションをやらされたりするんだってwwノーギャラで安く上がるからかなww
それ、私の仕事と同じじゃんwwみたいな話をしたんよ。
だから、今日、明日、明後日がホテル住まいで、その次がイベント最終日でNeku家に帰るっていうプランを想定してる。


かくして、みんなは
「Neku家遠いから今すぐ移動始めないといけないんだおやすみー!!」
と去っていき、私とCyrixは、近くのハンバーガーショップに移動した。
あ、ちなみに、「おやすみ」だけは、みんな日本語で言う風潮が出来上がったから、
「オヤスミー!!!」「おやすみー!!!!」「オヤスミー!」って感じww

めちゃくちゃに空腹というわけでもなかったけど、Cyrixいわく、ベルギーは「揚げ物」特にフライドポテトの国らしい。

これは、「洗礼」の予感がする……。

ハンバーガーみたいな物だけど、厳密には名前が違うもの。
フランス語で、「ライフル」を意味するらしいが、綴りはわすれた。
とにかく「ライフルのようにデカくて長い」みたいなホットドッグみたいなのがあるんだと。
そういう「ベルギーの庶民食」を扱っているハンバーガーショップに来た。


で、洗礼を受けた。
image


これ、ほぼ完全に隠れて見えないけど、
「割ったバゲットの間に肉とキャベツとトマトとコーンを敷いて、その上にポテトをこれでもかと盛り付けた後、畳まない」
という風に作られてて、

つーか、畳めねぇよ!!!
どんだけ芋挟むんだよ!
なるほど、これが「フライドポテトの国」。把握した。

ちなみに、ソースは3種類あるよ、と言われて、
アメリカンソース、マヨネーズソース、なんちゃらソースだったけど、
最後のやつがなんだかわからなすぎたので、アメリカンソースを頼もうとしたらお店の人が、
スパイシーだけど大丈夫?というので、マヨネーズの方に変更。
私、マヨネーズ自体はそこまで好きじゃないけどね。
一番冷蔵庫に常備しない調味料。

出来たら席まで運ぶよ、と言われて待ってたけど、店内のテレビでナショジオやってて
お店が私らで貸切状態だったから、お店の人も料理を運んだ後は客席でナショジオ見てて和んだ。

そこでCyrixと、ペットの話になった。
なぜなら、テレビのナショジオで動物ドキュメンタリーのCMが挟まったから!

私は、昆虫としては蟻と蜘蛛を比較的最近飼ってたと言った。
Cyrixは、アゲハ蝶の幼虫を捕まえて来て、羽化するまで育てるのが好き、と言って、私も大いに同意した。
それから、「オオミズアオ」や「ヨナグニサン」などの、
日本にいる巨大な蛾の画像を見せたり(ヨナグニサンは蛾として世界最大種)、蟻の飼育について語ったりした。
Cyrixは、「女王蟻を捕まえて来て飼ったにも関わらず、すぐ全滅してしまう。蟻の飼育は難しい」と話していた。
日本じゃ、女王蟻を発見するのが最初の関門だが、Cyrix曰く、ここでは見つけること自体は簡単らしい。
ただ、生きながらえさせ、繁殖成功まで持っていくのは困難だと言ってた。
でも、そうでもしないと、そこらへんにいる働きアリを「飼い殺す」だけの飼育形態になるから、
私も本当に目指したいのは、「女王蟻を捕獲して来て繁殖させること」なんだけどねー。

ホテルはここから徒歩10分と言われたので20分覚悟した。
(Cyrixが、一度ホテルに寄ってからこっちに来たのに全く道を覚えてなくて
結局30分かかった)

道すがら、Cyrixが、
「なぜ、それ自体から収益を得られないのに、そんなに頑張ってブログを書くのか」
を尋ねてきた。

まず私は、
「5歳だった時に日記を付け始めたから、何かあったら記録するのはライフワーク」
と言った。
でも、
「書いている時間を使えば、さらなる経験の時間を作ったり、稼いだりもできるのに、
なぜ記録に拘るのか?」
がわからないらしくて、再度問い詰められた。

私は、
「私が死んだ後に私が生きていたことを証明し続けるものを、生きている間に出来るだけ沢山作りたいから」
と説明した。
「しかし、君が死んだ後に誰がそれを読むのか?」
と言うので、
「究極的には、人類が滅亡した後に宇宙人が発掘して、私の残したあらゆるものを解読して、
彼らが地球のことを知るのに使うんだよ」
と言った。

めっちゃ笑われたけど、そういう考え方に出会ったことがないらしい。
曰く、「今どれだけ稼ぐか」とかを考えて行動を決める人ならいくらでもいるけど、
自分が死んだ後のことや、人類滅亡後のことを考えてブログ書いてるやつは見たことがないんだと。

マジか。
キリスト教は、「死後の世界」の概念がある宗教じゃないのか?
死後の世界の概念がある宗教が身近な人は、自然と死んだ後のこと考えない?
あ、死んだ後の「現世」はもはや自分と関係ないから考えないのかな。
つまり、死んだ後、自分は他の世界(天国か地獄)に行くから、
その時点で現世のことはもう自分とは関係ないのかな……。
もう少し死生観について、ヨーロッパの色んな人の意見を聞いてみたいかもね。

私にもある意味で、「私が死ねばこの世界もなくなる」っていう考えもあるにはある。
その仮説においては、「死んだ後のことを考えてブログを書く意味はない」
つまり「シュレディンガーの世界」ってこと。
観測者がいなくなればその世界はあるかないかわからないし、実質ないのと大差ない。
私は私にとっての世界の観測者だから、私が死んだ瞬間、私が見ていた世界はなくなる。
もしそうだとすれば、私が死んだ後の世界の為に、ブログを書く意味は一切ない。
けど、そこを突き詰めると、次はニヒリズムに到達するから、私は一応、私が死んだ後も、この世界はまだ続いて行くと仮定して、ブログを書こうと思うわけだよww

なんだかんだで、ホテル(ホステル)に到着。
途中野生のうさぎが沢山うろうろしてたり、通りすがりの車に特に訳もなくクラクションで挨拶?されたりして、
一昨年の夏と全く同じだった。
あの時も、同じような時間に、Cyrixと2人でホステルに向かってしばらく歩いて、途中うさぎがいたり
クラクション鳴らされたりした。

ただおそらくCyrixは道を覚えるのが得意ではないのだろう。
ついさっき通った道を逆から辿れないわけだから。
実際にホステルに着いてみると、
「さっきあっち行ってから戻ってきたけど、全く無関係の方角じゃねーかww」
ってなった。
会場まではストレートに行けばおそらく15分の距離だが、あちこち関係ない方角に連れていかれては
「こっちじゃない気がする」
で戻って、30分歩いたからなww

私はブログを書いたので、ちょっとシャワー浴びてから寝ることにする。

明日は、MADE-IN-ASIA初日!!
腹一杯過ぎて寝付けないかもww