INGRESSやるために買って使っていたモバイルバッテリが壊れたので、
ポケモンGOのために新しく容量の大きいのを買ったら、説明書の日本語がすごかった。
中国製じゃないのに絶妙な文法間違いの畳み掛けがすごい。



(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)



ちょっと前に、画像ツイートだけしたのだけど、読めば読むほど、どうにも「声に出して読みたく」なってしまって、
説明書をスキャンして、しっかりナレーション音声をつけてみた。
つまり、
「あたかも、何も間違っていないかのように、それが当然であるかのように読み上げたらシュールだろうな」
と思えてきたので、爆笑の危険があってしまった。

普段、こういう風な「何かを説明する」台本が送られてきて、読み上げた音声を録るという仕事をしているので、
これも仕事なのだと思えば、文章として間違っていても、とりあえずは書いてある通りに読み上げるのが第一だ。
(それと別で、「おそらく間違いだと思われる部分を修正して読み上げた音声」も用意することはある)


冒頭に「中国製じゃないのに」と書いたのは、以前読み上げた「ヴィダルサスーソ」を彷彿とさせるからだ。


これは、中国のシャンプーの商品ラベルだ。
めなだらしいでしょ?

でも、これはすごく、「自動読み取り(OCR)機能」を使ったがゆえの悲劇が散見される…。
今回のモバイルバッテリー説明書だと、読み取り機能による「誤読」っぽいところはむしろ少ない。
それより、やはり「助詞の選択ミス」「自動詞・他動詞の理解度の低さ」が目立つ。
日本語では、助詞を省略しても文脈から意味を理解できるので、例えばツイッターのように文字数の制限がある場所であったり
畏まる必要のない会話において、助詞は真っ先に略される。
が、正しい日本語とは、ということを考えたときは、助詞を誤ってはいけないし、
それと同時に、助詞の種類が多いので、その区別が(特に海外の人にとっては)難しいということも想像がつく。
省けばもっと伝わりやすいところで省かずに間違った助詞を入れたり、
その一方で省いてはいけない助詞に限って省かれているのが、かな〜〜り絶妙な誤り具合を醸し出している。

主語を表す「が」と「は」などは、事実日本人の間でもちょっとしたニュアンスで使い分けされており、
海外の人がよく混合しているのを見かけるが、
じゃあ実際「が」と「は」はどのように使い分ければいいのか、と訊かれた時、海外向けにどう説明するかを考えると、
とても一言では言い表すことはできない、ということに思い当たる。
「を」と「に」も、目的格につけるということしか分かっていない場合、使い分けができない。

例えば、今思いついた例を挙げてみるけれど、花と一緒に女性が写っている写真を見せたときに
「花は綺麗だね」
と言ったら、言外に
「花以外(写っている女性)は綺麗ではない」
というような意味が含まれるというのを、海外の人は即座には理解できないと思う。
「は」一文字がそれを表現してしまうという恐ろしさでもあるw

まぁこの場合、「花”が”綺麗だね」と言っても、同じようなニュアンスを含むと考えられもするから、
相手との関係性に依っては言わないほうが賢明かもしれんが、
複数の客体がある場合に、そのうちの一つを取り沙汰して「は」をつける方が、
「が」より一層「それ以外はそうではない」の意味を持って使われるというのは日本人ならわかる。
例えば、その女性本人が、自分の祖母に写真を見せたとする。
おばあさんは「いやぁ〜花が綺麗だねぇ〜」と言う。
ここに「自分の孫娘はその写真において綺麗ではない」という言外の意味はないわけで、「関係性」というのはこういうことだ。


かと言って、「は」という助詞が続く主語が、いつでも「それ以外はそうではない」という意味を持っているとも限らない。
「それ以外はそうではない」というのは先程も書いたように、「複数の客体がある場合」だから、
単純に単一の客体としての何かを指して「○○は」と言うことも当然あるわけで。

こういうところが総合して、「文脈による」し、それを「日本語はハイコンテキスト」というのだし、
この「文脈」には、相手との「関係性」まで影響してくるというのだから、なんて複雑な言葉なのか。
でも、そういう風に、どこまでも深読みできてしまう言葉だから、
そもそも私たちは、「主語+は」そのものを省いて喋ることすらままあるわけだ!
深読みさせてしまいそうなことは省く! でも、言ってないこと(主語)は文脈から察しろ! という、
超難易度の高い言語なのだ!!w

なので、
「自動詞と他動詞は、海外にもあるのでそれは区別して覚えてもらうしかないけど、
助詞は相応するものがないから難しいよね、なるほどなるほど」
と思った。
トルコ語だっけかな、日本語くらい単語にいちいち助詞つけるのは。
そういうところからして、トルコ語は割と日本語と文法が似ているという話を聞いたことがある。


とまぁ、言語学的な話も面白いんだけど、なんかこう、こういう文章から感じられる
「どうやって俺がブロントだって証拠だよ!?」
みたいな雰囲気も、日本語ならではの”楽しみ”なのかな、と思ったり。
頭の奥の方をくすぐられたみたいで、単純に面白いのでw
上手く言えないけれど、普段使っていない脳の一部を刺激されているような感じがするでしょw
こんなことでニヤりとできる言語もそうそうないのかもしれない。