今日はあの「隕石」回だぞ!!!!!!


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となジャン版で、カラー原稿による「セルアニメ」もやってしまった、23〜26話、
そしてそのエピローグにあたる27話までが今回のアニメ。
つくづく、原作マンガとの「見比べ」が面白いアニメであるし、何より私が今回の7話で痛感したのは、

なんで毎週放映するテレビアニメなのに、

毎週、劇場版アニメ映画クオリティなのか


ということなんですよ!!!

「映画館で上映するものだし気合入れようぜ」みたいなモチベーションで作られているってことですなw
当然今回の「隕石回」も、そもそもの話のスケールが大きいのに加えて、
そのスケール感を、村田先生が漫画で表現しきってしまったので、それを忠実にアニメーションに起こしたら
やっぱりスケールすごかったです、みたいなのがまず基本にあって、
そうは言ってもやはりアニメで動かすとなると、1フレーム単位での繊細な間の取り方とか、
映像ならではの「光」の表現やエフェクト、そして音が合わさるわけですから、当然迫力とか臨場感が増します。

元々村田先生の、漫画内における「カメラワーク」っていうのは、前回までにも何度か書いたように、
「漫画でやることじゃない」レベルまで行ってるんですよね。
映画のコンテとかで描かれたりするものだと思うんですよね。
でも、コンテそのものには「画力」って要らないじゃないですか。
「後で何をどう撮影(作画)して、カットとして繋ぐか」の情報があればいいわけで。
なのに、村田先生は、漫画の作画としてそれをやってしまうので、
「無駄に画力の高すぎる映画用コンテ」
になってる状態だと思うんですよ。
つまり「絵コンテ」だったらここまでの画力は要らなかったし、「漫画」だったらここまでの「カメラワーク」は要らなくて、
なのにその両方を漫画でやっちゃってるんですよねw
だからこそ、となジャン版ワンパンマンってほぼそのまま、コマを切って縦に並べれば
アニメ用絵コンテ(無駄に画力高すぎる)が完成するというのは前から思っていましたw
アニメじゃなくてもいいんですよ、実写映画のコンテとして使って「実写版ワンパンマン」を撮ったら、
もうそれだけで「カメラワークいいな」ってなってしまう漫画なんですよ!w
そんな漫画見たことないですね、今まで……。

村田先生ってすごく空間認識能力に長けていて、キャラクターをある場所に配置した後、
それを5つくらいのカメラで同時に見ることが出来るんじゃないでしょうか。
(脳内複眼…?)
それで、そのカメラを適宜スイッチングして、位置関係がわかりづらくならないように、
且つ最も迫力が出るとか、最もキャラの魅力が出るとか、そういうカメラを選びながら、
絵に起こすっていう作業を、割と無意識に出来ている感じがするんですよね。
もちろん作業するときに、「位置関係がわかりづらくならないようにしたい」とかそういう意識はすると思うんですけど、
村田先生の頭の中には、いっぱいカメラがあって、そのどれを選ぶのがベストかは、
結構無意識に、瞬時に決まる感じがしています。
作業配信を見ていると、鉛筆での下書きのときに、迷っている時間があまりなくて、
それでいて、どんどん「カメラ」を切り替えていくからです。
さっきのコマでは「1カメ」だったけど、次は「3カメ」に切り替えてアップ、とか、
そういうのを「考えて」やってる時間が感じられなくて、すごくスムーズすぎるんですよ。
理屈で「こうしたらこういう効果が得られるからこうしよう」って思う時間が排除されていて、
もう直感でわかってるんだろうなーと思っています。


で!

今回の「隕石回」もそういう視点からとなジャン版をよく「見る」と、本当に本当に
「そこで、そのカメラかー!!! しびれるぜ!!」
みたいなのが多くてですね!!!!
ちょっと! そこの読者さん!!!
記事冒頭にも書きましたが、となジャン版の23〜26話もう一回、カメラワークに注意して「見て」くださいよ!!

23話
24話
25話
26話


これを「作画」でやるのは大変なので、普通は頼まれてもやりたくないんじゃないかと思うんですがw
パースとか、人の体勢とかえがくのが大変じゃないですか……。
だから、さっきも書いたように、「コンテ」として情報がわかる程度のラフを書き起こすならいいけれど、
それはそのあとで「撮影」するとき、その角度にカメラを設置すればいいだけだから手を抜いていいんであって、
いちいち、1コマずつが「イラスト」として完成していなければいけない「漫画」の中で、
こんなにカメラを切り替えるのは普通面倒くさくて、どうやってそれを避けて手を抜くかを考える局面なのでは!? と思うわけですよ。
でも、村田先生はそれをやってて、しかも苦じゃなさそうで、むしろ1コマ1コマ、カメラ切り替えて
色々描けるってことを楽しんでいて、すごいなぁ、いいなぁと思います。

なので、それをアニメにする際にも、魅力を最大限残したままで、なるべく
「漫画では出来ないけどアニメでは出来ること(例えばわかりやすいものだと音)」
だけを追加することで出来上がっているんじゃないかな? と思います。
すごくリスペクト(忠実さ)を感じるので。
その結果、ワンパンマンのアニメ化をずっと待っていた人たちの期待を裏切らないどころか、
期待に応えてその上を行くような、
「まさかここまでちゃんとやってくれるとは思わなかった」
と思うテレビアニメになっていると思います。

まとめると、
元々村田先生の漫画が、「映画用超絶技巧作画コンテ」になっていて、
それに対するリスペクトの結果生まれたアニメだからこそ、
毎週、劇場版アニメ映画クオリティ
なんだろうな、と私個人は結論づけましたw

関わってる人全員すげえ、という話ですw


ジェノスの「試作品パーツ」を“蒸着”するシーンも、漫画を読んで、脳内で「映像にしたらこうかな」と
想像していた通りのシーンになっていてビックリしました。
そして、そのあと、メタルナイトがジェノスの前に現れるシーンからの空と雲の色にビックリしました。
このあたりのシーンは、村田先生がカラーで描いているので、私たちは「色」を知っているわけですよ。
その色が再現されていて、「色指定すげえ!!」ってなりました。

あとは、前述の通り、となジャン版をそのままコンテとして使ったシーンの多さ。
ジェノスの
「適当がベスト?」
の次のコマ、ジェノスの背後にサイタマがぼんやり浮かぶシーンですが、
これとかもアニメで、本当にそのまま!!ww
これはしかも一例でしかなく、今回は全体的にその調子で、
「漫画で見たコマ」
がそのまま何度も出てくるんですよ。
その次のページの、ジェノスの胸元の装甲が開いてコアが出るシーンも、
更にその次のページの1コマ目の、左腕にコアを入れるシーンも、
「全てを」「捧げる」で、焼却砲を撃つコマも、
画面に対するジェノスの「角度」とか見てくださいw
あらゆる原作にあった「コマ」が、カメラの位置・角度のレベルで再現されているんです。
そして、アニメなので、コマとコマの「間」をしっかり動きで埋めてある。

そう、漫画を読んでいて、脳内ではそういう「動き」が補完されてた!
そしてそれを、アニメで見たかった!!!
ありがとう、マッドハウス!!!!!!



アニメ製作会社に、こういう意味で感謝したくなったのは生まれて初めてかもしれない……。
今、記事を書きながらなぜか涙が出てきそうだ!!!!!www


本当に良い「隕石回」でした。

そして、オープニングの、Aメロに入る直前の
「Three! Two! One! Kill shot」
部分の絵が、「災害レベル」を表していた、というのも、今回の後半部分で「なるほど」と思いました。
まぁサイタマにとっては、災害レベルはどうでもいいんだけどw

あと、そのあとのタンクトップなんとかが色々出てくる部分、声優さんずっと叫んでて大変だったろうな、
とか、またそっちの方を心配してしまいましたww
そのあと、ジェノスが迎えに来る、というシーンは、アニメオリジナルでしたが、
確かにジェノスならそうする、だろうな……
と思いました。


そして来週は、「深海王」戦……!!!!
プリズナー(全裸)とか、ソニック(全裸)とかが出てくるのか…(困惑)
でも、「深海王」戦は、村田先生版だと、
「拳(こぶし)の重み」
みたいなものの表現がすごいのと、深海王やプリズナーのような、図体の大きいキャラクターが、
まるでモニターからはみ出さんばかりの迫力で描かれていたのが印象的なので、アニメも楽しみです。

深海王の「大きさ」があまりに伝わってきて「モニターからはみ出しそう」なあの感じって、
ドラクエ2で初めてシドーを見た時のことを思い出します。
まぁあれ実際「枠」からはみ出してるんですけどw
その演出もあいまって、「いかにも大きくて、今までの敵と段違いのヤツを相手にしている」っていう感じがしたんですよね。
次にこれを感じたのは、ドラクエ5の「ブオーン」戦。

そういう、画面の中のものなのに、自分が想像しうる現実のスケールにすぐに置き換えて
「デカくて強い! ヤバイ!」
っていう感じになれるのって、それだけ絵や演出が活きてるってことですよね。
8話のアニメにはそういうところを期待しても、いいのかな……?
拳の重量感、そしてキャラクターの持つサイズ感とか迫力、どうなるのか楽しみです!!