ニコニコ漫画に掲載すること自体、自由極まってるぜ!!!!

自由帳 -ニコニコ漫画


作品紹介してみる。

さかさの話(小学2年)

これは、小学2年のときの自由帳に掲載されていたもの。
一応4コマ漫画なのだと思うが、3コマ目は何故か間取り・・・?になっていて、
4コマ目に至ると、「あみだくじとその結果」になってしまっているw
超展開すぎる!

にらめっこ(小学1年)

こちらは小学1年のときの2コマ漫画で、おそらくは生まれて初めて描いた漫画ということになるであろう。
生き物ではない雪だるまににらめっこを挑んだところ、雪だるまの方が率先して笑い出してしまって
勝負にならないやら雪だるまとしておかしいやら、という漫画だと思う。


たこあげ(小学1年)

これも小学1年。
「にらめっこ」と同じページに描いてあった。
5コマ漫画だが、最初の1コマは実質タイトルの用しかなさない模様。
しかもそこにがっつり「あこあげ」と描いてある始末。


いろいろなスイミー(小学2年)

大変読みにくい「左上から右下に向かって読むスタイル」の漫画。
なぜそう描いたんだ・・・。

内容は、「金魚のエサのスイミーはともかくとして、国語の教科書に出てくるスイミーとNASスイミングスクールの
マスコットキャラクターであるスイミーが友達になったらいいな、と思ったので、皆もスイミーたち(?)に手紙を出そうよ」
というもの。
漫画じゃなくてもうなんか、誰かへのメッセージ状態。

先日アップしたこれをお聞きいただきたい。

この朗読の時期と、「いろいろなスイミー」の漫画の時期はほとんど変わらない。

私は小学2年〜4年のあいだ、スイミングスクールに通っていたので、そこでNASのスイミーを知った。
そして、国語の教科書にも「スイミー」が出てきて、テレビでは、エサのスイミーのCMが流れ
「よく食べる、スイミ〜♪」
というCMソングが流れていた。
つまり同時に3つの「スイミー」を知ってしまった。すべてが1988年に起こった。

そして、「スイミーという名前の者同士が仲良くなったらいいな」と考えた。
もっと言うと、自分にも、同姓同名の人が存在するかもしれない、と思った。

スイミー達に友達になってもらうために、どこに手紙を出せというのか。
それはわからないけれど、私は自分の同姓同名の人ともし知り合ったら、出来れば仲良くしてみたいと思った。
けれど、この当時自分の同姓同名の人に会う機会は訪れなかったし、
32歳になった今も、結局会った事はないままだ。
このまま会わずに死ぬだろうしね! ありふれた名前じゃないからそうそういないだろうしね!

という無常観(?)や諦観が、漫画の最後の「がいこつの唄」で描かれている気がする。



ちなみに、「がいこつの唄」はかなり古い曲(フォークソング時代のコミックソングかな)なので、
うちの場合はたまたまおとうぱん。がそういうジャンルが好きなもんで、しょっちゅうおとうぱん。が口ずさむ
「がいこつの唄」を聴いて知っていたけど、同じ学年に「がいこつの唄」を知っている子供はいなかった・・・。
なのでこの漫画を同級生に読んでもらっても、「ふたりのスイミーが友達になったらいいのにね!」ということもいまいち伝わらなかったし、
「がいこつの唄」で締めくくるということの意味はおろかその曲の存在すら知らないのだからオチとしての役割を
全然果たしてくれなかったと思う!w


ぼくは、へびどし へびくんだ。(小学2年)

24年前のへび年に描いた漫画です。

漫画説明文にも書きましたが、私のおかあぱん。はヘビが大の苦手です。
まず、どのくらい苦手なのか、説明文にも書いた「ちょっと生活に支障をきたすレベル」というのはどういうものなのか、
実例を挙げて説明しますが。

私が保育園児の頃、母親と二人で近所に散歩に出たそうです。
そして散歩の途中で、青大将だかなんかのヘビに出くわしたので、母親は私をそこに放置して、
全力疾走で家に帰ってしまいました。
家はレストランなので、父親がいつもいるんですけれども、
父「あれ? (V)・∀・(V)は!?」
母「ヘビが出たんだよ!」
父「ヘビのことは聞いてねえよ!」
てな具合に、父親が今度は家を飛び出して置き去りにされていた私を迎えに来るという事態が発生。
私は、ヘビが出たあたりで立ち尽くしていたそうです。


あと、前にニコ生でも話したので、そのときの放送を聴いていた方はもう十分ご存知かと思いますが、
うちの実家の国語辞書とかって、「ヘビ」とか「うわばみ」のページに掲載されている図説が
ボールペンやマーカーで塗りつぶされた上からガムテープなどを重ね貼りされていて、
ヘビの絵が見えないようにされているんです。
でも、その加工のせいで却ってそのページが一発で開きやすくなっているという。

それもこれも、母親がヘビ嫌いなためです。
母親以外の家族はヘビのことなんてなんとも思ってないんですよ。


この1年くらいの間にも、レストランに食事に来たお客さんと、母親・父親で、「(私の母が)ヘビが嫌いすぎる」という話をしていると、
そのお客さんが
「そんなに苦手なの!? じゃあこれもだめなの?」
と、ヘビ皮の財布を取り出したので、母親が「ギャァァァ」と叫んで泣き出してしまい、お客さんが引くという事件があったそうです。

ちなみに母親は、握力が50kgくらいあるがっしりした人です・・・。
だから見た目からは、なんというか、苦手なものとかなさそうに見えるんですけどね。

そういうエピソードが昔から多数寄せられているので、小学2年当時の私は、
「お母さんが、ヘビ嫌いという苦手を克服できたらいいのに・・・」
と考えました。
(私自身は苦手を次々克服させられる立場にいたから余計です。
「オールマイティになれ」というのが教育方針だったので。)

そこで、私に出来ることは、絵や漫画を描くことだ、と思い、愛されるヘビのキャラクターをえがこうと思いました。
その年はへび年でもあったので、へび年生まれのへびという設定にしました。
母親から「気持ち悪い!」と嫌われ、捨てられてしまったけれど、自分に誇りを持って生きているという
へびくんというキャラクターの、健気な一面を描いてみました。
私も母親からは、厳しくされた思い出の方が多いので、描いているときはへびくんと自分が
妙にオーバーラップしてくるところがあり、あまり重ねすぎないように気を遣ったりしました。
私が、自分自身を投影して描いているという風に解釈されたら、誤解が生じてしまうと思ったからです。

結論から言うと、この漫画をおかあぱん。に読んでもらえることはありませんでした。
だから、この漫画を読んで苦手を克服してもらおうという目標も叶いませんでしたし、
そもそもこういう漫画を描いたということは、その動機を含めて説明しても、怒られることでしかなかったような気がします。
なので、この漫画は、目的は達成できないまま、むしろ母親に見つかってぐちゃぐちゃにされたり
焼き捨てられたりしないよう、こっそり保管する形になって今に至りました。
多分、私が描いた読んで欲しい漫画がある、ということくらいは言ったような気がします。
でもそれが、ヘビが主人公の作品だという勇気が私になかったか、それを伝えるところまでは行ったものの拒絶されたかどちらかでした。
そして今でも母親は、ヘビが苦手です。

こういう背景を知らずにこの漫画を読んだら全然印象が違うと思いますが、
私自身は、今回この漫画を発掘して読むことで全てを思い出し、なぜだか心がえぐられました。
自分で描いたのにw


後でもう1作品掲載しようと思います。

しかし、総合すると、言いたいことを文字で書いていることが多いので、やっぱり漫画じゃなくて
文章や、挿絵つきの小説、絵本などの方が、自分の表現したい事や、技巧として合っているのかな〜
なんて思いました。