Youtubeのゲームチャンネル用に実況プレイ動画を撮り下ろしました。
↓プレイリスト。


12/10 20:30〜 毎日更新です。
編集が終わっていないため、全エピソード数は未定です。
32+54話の、計86動画になりました。
あと、ニコニコでの連載は少し時期をずらして始めます。

(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)



この記事は、「ルーマニア#203」というカテゴリに含まれており、
これまでに個人的に、または、ニコ生の配信でプレイしたときの感想は、カテゴリページから過去記事を読んでもらえればと思います。

一部、それらの記事の繰り返しみたいになってしまうかもしれませんが、せっかく新たに動画を撮ったので、
このゲームの好きなところを語っておこうと思います。


主人公が普通

とりあえずここでは「普通とは何か」という哲学はしませんw
「特に目立たない、平均的な」くらいの意味です。

このゲームでは、人間、「普通」に目立たない感じで暮らしていても、その人の人生における主人公は飽く迄その人なんだ、と思えます。
最近、漫画「モブサイコ100」を読んだり、アニメで見て、根底に何か近いテーマ?のようなものを感じました。
ルーマニアにせよ、モブサイコにせよ、そのテーマが「強烈なメッセージ」というほどの押し付けがましさを感じさせないのも
共通して良いところだなと思います。

なんにせよ、何かすごいことを成し遂げようとか、人より目立とうとか、そんなことを目指さなくても、
誰にでも自分自身の「ドラマ」に巡り会えるチャンスがあって、しかも、それはチャンスの顔をしておらず、
知らずに取った些細な行動がドラマを引き起こすということが往々にしてある…のだと思います。現実に。

これはその点で、ある意味「大人」向けのゲームだと思います。
「若者」は、「万能感」や「自分は特別である、特別であろう」という自意識が強めで、
作品に対しても、「特別なことを成し遂げる主人公」を求めがちかもしれません。
(逆に主人公補正がかかりすぎても現実味がないため冷めるかもしれませんが)

これは若者を貶しているわけではなくて、どんな人にも、一度は訪れる精神年齢の一時期で、
例えば「中二病」にも近いものだと思います。大人への過渡期というか。
その後、色々あって、人は大体自分の中に「普遍的・平均的な部分」と、「自分らしさ」の両方を見出して
社会を渡っていくのかなぁ、と思います。
そんな、「自分はちょっと特別かもしれないって思っていたけど、案外普通だった」という「大人」に、
「普通の人として暮らしていくこと」を肯定して、でも、その人なりのドラマもある、ということをふわっと感じさせてくれる。
そういう意味の「大人」向けのゲームかなぁ、と思います。

また、学生には割と色々な「人生のイベント」があります。
学校行事とか、長期休暇における思い出づくりとか。
でも、大学生・社会人になると、そういうものが激減します。
だからこそ、「自分は案外特別でもなかった」「自分の人生にはドラマが不足している」ということに気づいたりします。
主人公ネジ タイヘイ君は、1作目で大学生、2作目で社会人であり、
プレイヤーが介入しなければ、「ドラマ・イベントの一切ない」人生を過ごして「バッドエンド」を迎えます。
でもほんの些細なプレイヤーの介入によって、新たな出会いや出来事に見舞われ、ときに翻弄され、
それが彼の人生に「深み」を与えていきます。
これはきっと主人公補正ではなくて、この現実世界でも私たちの身に起こっていることなのです。
エピソードとして、かなり「SF色」の強いものもありますが、そういった「舞台装置」が非現実的でも、
些細なことから人生が思わぬ方向へ転がっていくさまは、かなりリアリティを感じます。
今現在、自分の人生のイベントが定期的にやってくる学生には、このあたりがピンと来ないかもしれませんが、
社会人になるとリアリティとちょっとしたロマンを同時に感じられるものだなぁと思います。




サウンド面へのこだわり

ゲームの制作チームが、SEGAのサウンド部門を担当している「ウェーブマスター」という会社で、
音に関するこだわりが感じられます。

室内には5つくらいの「カメラ」があり、ボタンひとつで視点切り替えが出来るのですが、
視点を切り替えると、音が聞こえてくる方角も一緒に「動き」ます。
テレビが正面にあるときはテレビの音も正面から、テレビが左にある視点ではテレビの音は左から聞こえてきます。
まぁでも、これは「こだわり」のひとつで、私がすごいと思っているのはこの点よりも、
「セラニポージ(以下セラニ)」という架空のアーティストの存在です。

セラニは、主人公ネジ君が大好きなアーティストで、「顔出し」やテレビ出演をしない「覆面アーティスト」のような感じです。
女性ボーカルということくらいしか情報がなく、曲の雰囲気や歌詞の内容と相まって、かなりミステリアスなアーティストなのです。
そして、セラニの曲をネジ君が度々劇中で聴くのですが、その曲それ自体は、
「セラニポージというアーティストが、空想上のキャラクターや物語を描いた曲」であり、
ネジとは関係がないながら、どこかその瞬間追っているシナリオとクロッシングする部分が感じられるのです。

こういうところもリアリティが感じられる部分です。
どういうことかというと、私たちも現実に、
「こういう出来事があったとき、この曲をよく聴いていたな」
というような、個人的に思い出とワンセットになっている曲があったりしますよね。
その曲を聴くと、そのときの気持ちに引き戻されたり、外が晴れていても、「あの時は雨だったなぁ」という風に
あたかも今雨が降っているような気持ちになったり。
このゲームでは、
「ネジにこういうことが起きたとき、よくセラニのこの曲を聴いていたな」
という形で、ネジの思い出とセラニの曲がプレイヤーの中でワンセットになるようにできているのです。

ゲームのサウンドトラックというのは、「ゲームをやりながら聴いた経験」があるかないかで、
かなり印象は異なると思います。
これはドラマやアニメの劇伴でも同じだと思いますが、ゲームは「自分で操作して物語を動かす」性質と、
同じ曲を何度も聴く機会があることから、より一層、
物語を知っているか、どのシーンで流れるかをその目で見たかということが、印象を大きく左右すると思うのです。
つまり、ルーマニアを遊んだことがあるかないかで、セラニポージを聴いた時に受ける印象には、
ものすごく大きな隔たりがあると思います。

それは、現実に、「個人の思い出と曲がセットになる」ときと同じです。
ある体験をして、そのときにある曲が流れていた(またはよく聴いていた)。
そういうことは、誰にでもあると思いますが、組み合わせは人それぞれでしょう。
だから、同じ曲を聴いても、人によって違う思い出が蘇ったり、何も想起しなかったりします。
セラニの曲では、それと全く同じことが起こるため、ルーマニアを遊べば遊ぶほど、プレイヤーの中では
セラニの特定の曲で「ネジの人生におけるドラマ」が強く想起されるようになり、
プレイしていない人には、「ちょっと不思議な柔らかい感じの女性ボーカル楽曲」の域を出ない可能性が高いのです。

これは逆に、現実世界で、「全く同じ経験と、その際のBGM」を共有・共感出来ることは少ないのに、
ルーマニアでは、「ネジのドラマと、その際のセラニ曲」をプレイヤー間では共感しあえることを意味します。
ルーマニアのプレイヤーの中では、セラニのある曲とルーマニアのシナリオは同じワンセットになるからです。

セラニの曲には、そもそもその曲ごとのキャラクターと物語が設定されていて、1つの世界観が確立されているのに、
ネジの人生とクロッシングすることで、ネジの人生にセラニの曲がオーバーラップしてくるだけでなく、
セラニの曲にも深みが生まれる……。
こういう風に、架空のアーティストという舞台装置を用いるという「サウンドへのこだわり」が、ものすごく面白いなぁーと思います。
劇中歌の効果的な作り方、使い方という点で、恐ろしく勉強になったなぁ、と思いました。



リアリティの高さ

リアリティの感じられる作品ならなんでも好きだというわけではないので、噛み砕く必要があります。

これはゲームの「作り込み」の部分で、サウンドへのこだわりとも関わりがありますが、
ネジの独り言や、テレビ・ラジオの番組など、「サウンドコレクション」に保存されるような”コンテンツ”は、
このゲームのリアリティを高める重要な役割を果たしています。
音がリアルということではなくて、「脚本」の段階でのリアルさ「”本当にある”っぽさ」です。

例えばネジ君が、雨が降っている時に、窓辺に立って「雨かぁ…」と独り言をつぶやくとか、
テレビを見ながら「そんなのってあり〜?w」とリアクションしたり、というのが、
「一人暮らしの人間の暮らしぶり」のリアルさを高めています。
「いたずら」に対するリアクションもそうですね。

また、テレビで放映されているドラマ、報道番組、ラジオでのCMやトーク番組など、
そういったものも、「音」として本当にありそうなだけではなく、
登場するパーソナリティや俳優などの人物にも細かい背景が設定されていて、本当にそういう人がいて、
そういう番組に出ていそうで……という意味でのリアリティの高さが異常です。
セラニポージという架空のアーティストが、まるで本当に存在するかのように思えてくるのと同じか、それ以上に、
(実際にセラニポージはアルバムを出しているからもはや「架空」じゃないけれどw)
部屋の中しか見られないゲームだからこそ、そこで見られるあらゆるものが、リアリティを担保しています。

中には、テレビやラジオの番組がシナリオに絡んでくることもありますが、
全体から見ると、シナリオに絡んでいる番組の方が少数なのです。
つまり、本筋に関係のない番組の方が圧倒的多数で、だからこそリアリティが感じられるのです。
一見関係なさそうに見える物を細かく作りこむことで、その世界の「本当っぽさ」が増していくという手法。
テレビ・ラジオ番組だけではなく、作中に出てくる沢山の企業やブランド名もそうですね。
すべて架空ですが、ただ名前が出てくるだけではなく、それぞれが「どういう企業・ブランドか」の説明が、
どこかに少しずつ、さりげなく入ってきます。
その情報もやはりゲーム本筋を攻略するにあたってそこまで重要なヒントではありません。
けれど、ゲームの中のキャラクターたちがどういう世界に生きているのか、とてもリアルに伝わってきます。
現代日本がモチーフなのですから、ただでさえ我々にとって身近ではありますが、
「ここは現代日本です」と言って終わりにすることはしない、
「現代日本のような別の世界の現実」を伝えようというこだわりがものすごいのです。
現実に存在しない新聞社、テレビ局、アパレル企業、食品会社とその”設定”が、
「現代日本ぽいから」という理由以上に、その世界をプレイヤーにとって身近に感じさせます……。

だからこそ、「サウンドコレクション」というやりこみ要素には、ただ集める楽しみがあるだけでなく、
ルーマニア内の世界背景を知る楽しみがあります。
あるテレビ番組に出ているニュースリポーターの兄が、ラジオのトーク番組に出てきて弟の話をしたり…。
そういう発見があると、それはゲームの本筋と完膚なきまでに無関係な話なのに、
「あれ? この名前…前にテレビで見たな… 兄弟なんだ!w」
となって興味が湧いてしまい、そのテレビ番組のサウンドコレクションを再度確認したくなったり、
ゲーム内で新たに関連人物の出る番組を見つけた時に、「この人知ってる!」となったりして、
かなり細かい点でニヤニヤできるゲームになっているわけです。
だからこそ、シナリオは何本かあって、マルチエンディングだから、というだけでなく、
何周も遊んではサウンドコレクションを集め、ルーマニアの世界をもっと深く知りたくなる、
そういう作り込みの部分を尊敬しています。

だって、例えばゲーム内でネジが何度も話題にしている女優とかがどんな人なのか気になった場合に、
探してみるとその人が出演している番組が本当にあったりもするので、シナリオ分岐に関係なくても、
テレビのチャンネルを変えまくってサウンドコレクションを集めたくなりますよw



(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)・∀・(V)

以上、私がルーマニア#203で好きだなーすごいなーと思っている点を3つ挙げましたが、
このゲームは実際、「クソゲーだと思った・面白さがわからなかった作品」みたいなウェブのアンケートで
名前があがっているのを見たことがあり、それに対して、面白いと思う側からの意見も残しておきたい、という意図もあります。
このゲームの面白さがわからなかったという人はおそらく、チュートリアルで投げてしまったのではないでしょうか。
まぁ単純に、肌や好みに合わなかったという場合もあるかもしれませんから、そういう場合は、
ちゃんとシナリオを何本かクリアしても、面白く感じないかもしれません。それはもう好みだからしょうがありません。
でも、私は、もしかしたら、ちゃんとシナリオクリアするところまで遊ばないで投げた人が、
クソゲー認定しているのではないか? と懐疑的だったりもします。
なので、今回の実況プレイでは、チュートリアルあたりで投げ出してしまってシナリオクリアしなかった人に
シナリオを楽しんでもらえたらいいのになーという思いがあります。
そういう人が、たまたま「自分でやって面白みがわからなかったけど、動画あるなら見てみようか」と思って見てみたときに
今度こそ面白さに到達してくれれば…!と。

その上でしかも、私は、上記の「好きなところ」特に3番の関係で、このゲームは、
「シナリオを全て知っていても、何度でも楽しめるゲーム」だとも確信しています。
シナリオクリアするところまで遊べなかった人でも、シナリオを知ったらきっと心に残るゲームになると思いますし、
かといって、RPGのように、シナリオがわかってしまえば誰がやっても同じなんだから台無しになってしまう、ということもなく、
そこからまだ更に、各自が自分の手でネジの人生とルーマニアの世界に介入していく余地がいくらでも残されていると思います。
何回遊んでも、「発見」があるからです。

そして、私の本当の願いは、新作が出ることです。
3DSとAR、PS4とVRというような、新たな技術との化学反応で、より新しく、より面白いルーマニアの世界が、
次なる作品で表現されたら素晴らしいな……と妄想しています。
そのために、今一度このシリーズが、とても面白く、斬新で、人の心に残る素敵なゲーム作品であると知ってもらい、評価されるよう、
今回の実況とこのブログ記事で少しでも伝えていけたらいいなぁ……と思っています。